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見解

 

日本弁護士連合会「戸籍謄本等取得に関する本人通知制度に関する申し入れ書」に対する見解

2013年6月10日
部落解放同盟中央本部

はじめに
  日本弁護士連合会(日弁連)は、2009年8月7日付で、国に対して「戸籍謄本等取得に関する本人通知制度に関する申し入れ書」(「日弁連申し入れ書」)を提出しました。その後、奈良弁護士会などが、この「日弁連申し入れ書」の内容にもとづいた意見書を市町村に送付し、制度を導入しないように申し入れています。また、各地でこの「日弁連申し入れ書」を理由にして、本人通知制度の導入を見合わせる市町村もあります。こうした自治体の動向は、長年にわたって不正取得防止に取り組んできた私たちにとって重要な問題であり、部落解放同盟中央本部として、「日弁連申し入れ書」に対しての見解を表明します。

(1)「日弁連申し入れ書」の反対理由について
  「日弁連申し入れ書」の反対理由は、つぎの4点に要約されます。
  1点目は、保全処分や強制執行の問題です。仮差押えをおこなおうとしても相手が事前登録していた場合、戸籍や住民票を取ったことが「本人通知」で判明し、相手が資産隠しや、処分することになりかねず、国民の正当な権利行使ができなくなるというものです。
  2点目は、公正証書遺言書作成の問題です。関係者が事前登録していた場合、「本人通知」で公正証書遺言状を作成しようとしていることがわかってしまい、トラブルが発生する恐れがある、またはトラブルの発生を恐れて遺言状の作成をやめることも予想され、遺言状をつくりたいという国民の正当な権利行使ができなくなるというものです。
  3点目は、「(本人通知制度の)不正請求を防止する効果は限定的」だというものです。「日弁連申し入れ書」では、「本人通知制度は請求を出されたあとの対策であり、しかも調査をしなければ不正かどうかを判断できない」として、「効果は限定的」だとしています。
  4点目は、現行の職務上請求は、不正請求に対する防止対策がなされているということです。職務上請求書を使用して戸籍などを請求する場合には、弁護士の免許証を提示し、請求用紙には事件の種類や請求目的を記載し、虚偽の記載をした場合は懲戒処分がおこなわれている。また、請求用紙には固有の番号が割り当てられており、どの弁護士が請求したものかがわかるようになっているので、本人通知制度を導入しなくても不正に対する対策は十分なされているというものです。

(2)「日弁連申し入れ書」の問題点
  ①「日弁連申し入れ書」の一番大きな問題点は、同和地区出身者などに対する差別身元調査の実態をまったく無視していることです。
  日弁連は、「本人通知制度は、保全処分や公正証書遺言作成など弁護士の業務に支障が生じる」と制度の「弊害」を強調していますが、差別身元調査とその被害についての言及がまったくありません。なお、すでにかなりの市町村が本人通知制度を採用していますが、この制度のために保全処分や強制執行などに支障が出たという報告はありません。また、不正取得を防止すると同時に、保全処分や公正証書遺言作成などの国民の権利を守る立場から、本人通知制度に「適用除外」規定を設けている市町村もあります。
  2011年11月に発覚したプライム総合法務事務所による事件とそれに続く個人情報大量不正取得事件では、判明しているだけでも、この5年間に3万件をこえる戸籍・住民票の不正取得がおこなわれており、その半数以上は結婚相手の身元調査に使われていたことが明らかになっています。プライム社の社長は法廷で、「依頼の85%から90%は、結婚相手の身元調査と浮気調査だった」と証言しており、また、同じく逮捕された横浜の興信所社長は、部落解放同盟の調査に対して「依頼の半分は結婚相手の身元調査だった」と説明しています。
  また、広島県福山市が2011年に実施した「人権尊重のまちづくりに関する市民意識調査」では、「身元調査についてどう思いますか」という質問に「差別につながる恐れがあるのでするべきではない」と回答した市民は26.9%ですが、「よくないことだと思うがある程度しかたがない」が48.5%、「身元調査することは当然のことだと思う」が10.2%で、7割近い回答者が身元調査を肯定しています。また、愛知県が2013年3月に実施した調査「人権に関する県民の課題」でも、「結婚相手を決めるとき、家柄とか血筋を問題にする風習」について「当然」が23.4%、「自分だけが反対しても仕方ない」が37.6%となっています。さらに、「結婚にあたり、家柄や家族状況を調べること」について「当然」が35.0%、「自分だけが反対しても仕方がない」が34.3%になっており、しかも、調査年ごとに、容認する割合が高くなっていることも報告されています。
  一方、部落解放同盟埼玉県連合会が2012年に取り組んだ「同和地区問い合わせ調査」では、現在も電話もしくは直接市役所などに来所して「土地を買おうと思っているが、どこが同和地区か教えて欲しい」「結婚相手が同和地区かどうか知りたい」などと問い合わせる市民がいることが報告されています。こうした「問い合わせ」は、京都府や香川県、福岡県でも多数報告されており、同和地区や地区出身者に対する差別身元調査の根深さをあらわしています。私たちが事前登録型の本人通知制度導入の全国的な取り組みをすすめてきたのは、このようにいまなお差別身元調査が続いており、その結果、結婚や就職で差別されている仲間がいるからです。
  ②第2の問題点は、差別身元調査の防止についての具体策を示していないことです。頻繁に発生する戸籍の不正取得事件を前にして全国の市町村は、長い時間をかけて防止策の検討を重ね、その結果として、本人通知制度の導入に踏み切りました。市町村が制度導入を決断したのは、もちろん戸籍や住民票の不正取得による犯罪や人権侵害から市民を守らなければならないと真剣に考えたからです。「日弁連申し入れ書」では、この制度は不要だとしていますが、多くの不正取得事件が起きている現実がある以上、日弁連としても不正防止策について具体策を示すべきだと考えます。
  ③第3の問題点は、個人情報コントロール権の確立をめざす取り組みを重要視していないことです。もちろん、国民には保全処分の申し立てや公正証書遺言書を作成する権利があり、またそのために弁護士が職務上の必要性から戸籍等を取ることが認められています。しかし一方で、国民には自分の個人情報を守る権利があります。一連の不正取得事件によって個人情報が盗まれ、それが人権侵害や犯罪などに悪用されていることがあらためて浮き彫りになりました。とくに、個人情報大量不正取得事件とよばれる今回の事件では33人が逮捕され、いずれも有罪判決が言い渡されていますが、戸籍や住民票の不正取得だけでなく、携帯電話情報や車両情報、職歴情報が何万件と盗まれ、それが犯罪や人権侵害、ストーカー行為、悪質訪問販売、振り込め詐欺などに使われて被害を生んでいます。私たちが本人通知制度の導入の取り組みをすすめているのは、こうした被害が現実にあり、個人情報コントロール権が重要であると考えるからです。
  ④4点目の問題は、本人通知制度の効果について、「本人通知制度は請求を出された後の対策であり、しかも調査をしなければ不正かどうかを判断できない」「防止効果は限定的」としていることです。
  しかし、昨年7月には、本人通知によって不正取得が発覚し、東京都と鹿児島県の調査会社員2人が逮捕され、行政書士が書類送検されています。これは埼玉県桶川市の一市民が事前登録していたことから摘発されたものですが、事前登録型の本人通知制度の効果を証明する事件です。また、名古屋地裁での個人情報不正取得事件の裁判においても、事前登録制度の効果を裏付ける証言がおこなわれています。公判では、逮捕されたグループは内部で「本人通知制度を採用している市町村からは戸籍や住民票は取るな」「お客から依頼があっても断れ」と申し合わせていたことが証言されています。たしかに、本人通知制度で不正取得を完全に防止できるわけではありませんが、少なくとも、相当の抑止力になっていることは明らかです。
  ⑤5点目の問題点は、弁護士による現行の職務上請求書は、請求者の本人確認、請求書の通し番号、目的の記載、懲戒制度など不正防止対策ができており、あらためて不正防止策として本人通知制度を導入する必要ないとしていることです。
  しかし、行政書士会や司法書士会の請求書も、弁護士会の請求書と同様に請求者の本人確認、請求書の通し番号、目的の記載などを義務づけており、使用後の控え用紙のチェックも厳密におこなわれています。弁護士会だけが上記のような対策を講じているわけではありません。とくに司法書士会や行政書士会は、たびたび発生する不正取得の防止のために、請求書の用紙にコピーガードや透かしを入れてきました。また、最近ではホログラムを入れるなどさらに不正防止対策を強化しています。それでも名義貸しや請求書の偽造、目的外使用などの不正行為が続いています。
  不正取得は、有資格者のモラルの問題でもありますが、残念ながら現実には金銭で買収されて不正に手を貸す有資格者があとをたたないのが現状です。8士業会は毎年、不正使用した会員を何人も処分しており、弁護士会でも過去には処分者を出しています。

 おわりに
 
戸籍や住民票を不正にとって身元調査するという事件は、今回が初めてではありません。1967年には壬申戸籍事件、1976年には「部落地名総鑑」事件が起きています。壬申戸籍事件では、江戸時代の旧身分が記載されていた1872年(明治5年)作成の戸籍(壬申戸籍)が差別身元調査に利用されていました。また、「部落地名総鑑」事件では、同和地区の所在地を一覧表にした冊子が高額で売買されていました。いずれも同和地区出身者を調べるために利用されたもので、その結果、就職や結婚での差別事件が起きています。
  今回、33人が逮捕された個人情報大量不正取得事件は、一連の身元調査事件の延長線上にある事件です。残念ながらいまだに社会には同和地区出身者を忌避し、排除する意識が、壬申戸籍事件-「部落地名総鑑」事件-職務上請求書不正使用事件と続く差別身元調査事件の背景にあることは明らかです。私たちが本人通知制度の導入に取り組んでいるのは、このような差別身元調査事件がいまなお起きているからにほかなりません。
  日弁連は、ぜひこの深刻な差別や人権侵害の実態を認識するとともに、差別身元調査防止のために市町村が導入した事前登録型本人通知制度の意義を理解し、制度の導入に協力していただきたいと思います。もちろん、本人通知制度にも改善するべき点が残されています。日弁連が指摘するような保全処分や公正証書遺言書作成における具体的な問題について、今後ともさらに検討をすすめ、よりよい制度としていく論議が重要であると考えますし、日弁連としての建設的な意見を期待したいと思います。

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