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天皇制の強化と政治利用を許さず闘おう

「解放新聞」(2021.02.05-2979)

 今年は、昨年にひき続きコロナウイルスの感染が収まらず、むしろ感染拡大が猛威をふるうなかで、年明けを迎えた。

 国の補償なき「自粛」要請の影響で、2008年のリーマンショックをはるかにうわまわる未曾有の倒産・廃業、そして失業者が増え続けている。とりわけ社会的マイノリティにたいして深刻な影響をもたらし、さらに弱い立場へと追い込んでいる。

 このような状況のなか、経験したことがない新型コロナウイルスにたいする不安や恐怖から偏見・差別が生まれ、感染者や医療従事者、エッセンシャルワーカーやその家族などにたいする差別言動があいついでおこっている。そして、SNS上では感染者の名前を暴き、誹謗中傷をくり返すなど、社会的なバッシングがあふれている。

 そのため、ネットの発信者情報開示、コロナ差別根絶の法制度の制定が求められる新たな人権状況をふまえ、法務省実態調査などで明らかとなった部落差別の実態を訴え、「部落差別解消推進法」の具体化とともに、差別禁止法・救済法の展望を切り拓いていかなければならない。

 ほかにもコロナ禍におけるさまざまな課題が存在している。非正規雇用で働くパート主婦以外の労働者階級=アンダークラスとよばれる階層の人たちが昨年に1200万人も存在し、昨年の労働力調査では、非正規労働者は131万人が減少、昨年の解雇や雇い止めは、7万9608人にのぼる。非正規就業者に与えた影響は甚大で、労働力調査では前年同月比で男性26万人減、女性71万人と女性の減少がいちじるしい。

 「緊急事態宣言」の影響によって仕事を休まざるを得ない女性が多かった昨年4月では、女性の休業者比率は男性の3倍にのぼった。とくに、夫からのモラハラや暴力・DVが増加、ステイホームが女性たちを追い詰め、自死する女性が急増した。いまこそ、命と人権を守る政治が必要だ。

 今年1月1日の新聞各紙は、コロナ禍という未曾有の体験と世界的規模の問題に直面するなか、民主主義や民主政治のありようが問われていることを強調する社説が紙面を飾った。

 昨年9月、立憲主義・民主主義に敵対的な安倍政権がやっとピリオドを迎えた。

 安倍前首相は、「新安保法制法」、「共謀罪」などで立憲主義、民主主義を破壊し、森友・加計学園問題、桜を見る会の問題について納得できる説明をしないまま辞任した。

 安倍前首相の政治的最大目標であった「憲法改正」も果たせなかったが、自民党が「憲法改正」をあきらめたわけではない。

 自民党の改憲草案では、天皇は「象徴」から「国家元首」に「格上げ」され、現行憲法の天皇の国事行為は「内閣の助言と承認を必要とし」とあるが、改憲草案では「内閣の助言」しか記載されていない。内閣の「承認」が国事行為の要件から外された。このままでは、天皇は内閣の承認がなくても、憲法改正や国会召集や衆院解散が「できる」ということになる。現天皇が明治憲法下の統帥大権に近い実力をもち得る可能性がある。戦争へといつかきた道を逆戻りさせてはならない。

 天皇制の政治利用は、いまにはじまったことではない。

 1871年の「解放令」「賤民廃止令」と称される「太政官布告」は、前近代の身分制にもとづく社会秩序を廃棄する大改革ではあったが、「賤民廃止令」反対一揆の頻発や伝承とはいえ「5万日の日延べ」論にみられるように、実質的に部落差別を社会的に容認する状態に放置した。

 1889年に発布された大日本帝国憲法でも、天皇制や華族制度など新たな身分制度が創出されるとともに、同化と排除を特徴とする家父長制の思想を社会統治論理の骨格にすえ、戸籍制度を基礎に家制度が確立した。「家」思想は、伝統的な浄穢思想(ケガレ観)や貴賤思想(血統主義的身分序列観)を内包しつつ、近代的な優生思想や衛生思想などとも複合化して、被差別部落を社会的、法的、制度的にも忌避・排除することを当然視してきた。

 すなわち、部落民は、富国強兵と脱亜入欧をめざす近代日本の国民国家の一員としてくみ込まれ徴税・徴兵の義務は課せられながらも、人間の尊厳と市民的権利(職業・教育・結婚・居住などの基本的人権にかかわる根幹的権利)は蹂躙され、低位劣悪な生活環境に落とし込められ社会的排除を受け続けてきたのである。端的にいえば、明治維新以降から現在にいたるまでの部落差別問題は、日本における近代国民国家形成の過程で再編され生み出されてきたものである。

 この悲惨な状況にたいして、1922年に全国水平社は敢然と糾弾闘争をもって立ちあがり、厳しい治安弾圧を受けながらも自主解放の旗のもとに部落差別撤廃の闘いをすすめてきた。この事態の前に政府は、1935年に「融和事業完成十カ年計画」で改善策をとろうとしたが、これは戦争遂行の翼賛体制をつくるための治安対策の色彩が濃く、日中戦争からアジア太平洋戦争へと突入するもとで、実質的には初年度だけで頓挫した。水平運動も、反ファッショ・反帝国主義の闘いに命がけで奮闘したが、ついには戦争協力体制のなかに屈服した。部落解放運動における痛恨の歴史であり、けっして忘れてはならない事実である。

 同時に、「戦争は最大の差別であり人権侵害である」ことを深く胸に刻み込み、「平和の基礎は人権確立であり、人権確立の基礎は差別撤廃である」ことを強く肝に銘じておかなければならない。

 昨年、天皇制の権威を強めるため「神山」とされる畝傍(うねび)山の中腹に位置していた洞村が、現在の地に強制的に移転させられて100年を迎えた。昨年12月6日、部落解放同盟奈良県連合会大久保支部で「洞村『強制』移転100周年の集い」が、奈良県橿原市で開催された。

 洞部落の「強制」移転の発端は、「明治」に入って、天皇の権威が急速に高まるなかでおこなわれた。1912年に、明治天皇が亡くなり、1914年には即位の礼がおこなわれた。1915年、新天皇の「神武天皇陵行幸」が予定される報が伝わると、洞部落を全村移転せよとの意見が出された。

 「事実はこうである。畝傍山の一角、しかも神武御陵に面した山脚に、御陵に面して、新平民の墓がある。それが古いのではない。今現に埋葬しつつある。しかもそれが土葬で、新平民の醜骸はそのままこの神山に埋められ、霊土の中に燗れ、そして千万世に白骨を残すのである。土台、神山と、御陵との間に、新平民の一団を住まわせるが、不都合この上なきに、これを許して、神山の一部を埋葬地となすは、ことここに至りて言語道断なり。聖蹟図志には、この穢多村、戸数百二十と記す、五十余年にして、今や殆ど倍数に達す。こんな速度で進行したら、今に霊山と、御陵との間は穢多の家で充填され、そして醜骸は、おいおい霊山の全部を侵食する。」(後藤秀穂著『皇陵史稿』1913年)と記載された差別意見書が提出された。

 こうした歴史と経験がある部落解放同盟は、天皇制の政治的利用を絶対に許してはならない。

 2019年には、新元号の制定をふくめた祝賀ムードのなかで天皇の代替わりがあった。「貴族あれば賤族あり」とした部落解放運動の立場を鮮明にし、天皇制への賛美と強化、政治利用の拡大を許さない広範な闘いをすすめよう。さらに、元号使用の強制や保育・教育現場への「日の丸・君が代」の押しつけにも反対のとりくみを強めよう。

 

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