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主張

 

国内人権委員会の創設を中心にした
包括的な人権の法制度の実現に向けて全力でとりくもう

「解放新聞」(2022.05.05-3025)

 ロシアによるウクライナ侵略は、世界に大きな衝撃を与えた。北大西洋条約機構(NATO)への加盟をめぐって、緊張状態が続いていたロシアとウクライナの対立が激化していたが、戦争行為は断じて許されない。しかも、プーチン大統領の「ロシアは有力な核保有国である」などと核兵器の使用を示唆した発言もあり、国際社会から厳しい批判がおこっている。

 国連は「ロシア非難決議」や「ウクライナにおける人道状況改善を求める決議」「ロシアの国連人権理事会での資格停止決議」を採択するとともに、アメリカや欧州連合(EU)などは、ロシアにたいする経済制裁などで圧力を強めてきた。一方、ロシアとウクライナの間では断続的に停戦協議もおこなわれてきたが、合意にいたらず激しい戦闘が続いており、多くの女性や子どもたちが難民として国外への避難を余儀なくされている。学校や病院なども攻撃対象とされ、民間人の大量虐殺などの戦争犯罪も報道されている。

 岸田政権は、今回のウクライナ侵略を理由にして、憲法9条などの改悪の策動を強めている。さらに、中国による「台湾有事」を想定するなど、軍事衝突の危機を宣伝し、軍事費を増大させている。とくに、「敵基地攻撃能力」保有の検討を明言し、「戦争をする国」づくりをすすめようとしている。また、安倍元首相などは核抑止力を強調し、「核共有」を主張している。日本は、唯一の戦争被爆国である。21年1月に「核兵器禁止条約」が発効し、国際的な核兵器廃絶のとりくみがすすんでいるにもかかわらず、岸田政権は、アメリカに同調し、条約の批准に否定的である。

 こうした人権や平和の課題が大きく後退する国内外情勢のなかで、部落解放・人権政策確立のとりくみはますます重要な課題となっている。戦争は最大の人権侵害である。これまでも戦時には、多くの女性や子どもたちが犠牲になり、障害者が差別され社会的に排除されてきたのである。いまこそ、差別と戦争推進政策に反対し、武力による対立ではなく、対話と寛容を基調にした平和外交の推進が求められているのである。

 新型コロナウイルス感染症は、新たな変異株などにより、いまだに世界的に拡がりつつある。感染症の影響により、世界経済は低迷し、ワクチン接種でも、アフリカ諸国などの途上国では、ワクチン確保が困難な状況になるなど、政治力や財政力によって、国ごとの差別、不平等が歴然と生まれている。

 これまでの新自由主義のもとでの「自国第一主義」によって、世界保健機構(WHO)を中心にした国際的な協力体制が機能しないのが実情である。長期化する感染症の拡大は、このようなゆがんだグローバル化がすすむなかで、安価な労働力や資源を供出する途上国を犠牲にしながら支えられてきた世界経済の差別構造をいっそう明確にしてきた。しかも、世界各国の経済成長率が鈍化することを背景にした社会不安や不満の高まりが、安易に差別排外主義と結びつき、EU諸国をはじめ多くの国で、その政治的影響力を強めている。

 日本でも、効率化を最優先してきた新自由主義政策によって、保健所や公立病院の統廃合などの医療体制の崩壊が感染症を拡大させてきた。また、在宅勤務や「自粛」による日常生活での制約が続き、感染者や医療従事者、家族などにたいする差別や排除が社会問題化してきた。非正規労働者や派遣労働者への解雇、雇い止めなど不安定雇用の実態もより深刻化してきた。まさに感染症の拡がりが、日本社会の構造的な差別情況と、人権意識の脆弱性を露呈させてきたのである。

 さらに、公然と差別や暴力を扇動するヘイトスピーチが依然として続くなかで、21年8月には、在日コリアンが集住する京都府宇治市内の「ウトロ地区」が放火される事件がおきた。また、16年7月には、神奈川県相模原市内の障害者施設で、元職員が入所者19人を殺害、職員26人に重軽傷を負わせる事件もあった。「ウトロ地区」放火で逮捕された男性は「朝鮮人が嫌い」と供述しており、障害者施設殺傷事件の元職員は「障害者などいなくなってしまえ」「意思疎通のできない人間は安楽死させるべき」と裁判で主張した。いずれも差別思想、優生思想にもとづく憎悪犯罪(ヘイトクライム)である。

 このように国内外で差別や暴力がくり返されている。「部落差別解消推進法」は、部落差別は許されない社会悪であるとして、部落問題解決に向けて国や自治体での教育・啓発の推進、相談体制の充実を明示している。これまで自治体段階でのとりくみの推進に向けて、奈良県や和歌山県、兵庫県たつの市などで「部落差別解消推進条例」が制定された。また、愛知県、宮崎県、鹿児島県、広島県福山市などで新たに人権条例が制定された。大分県では県条例もふくめて県内のすべての市町村で制定されていた人権条例が改正されるなど、全国各地で成果をあげている。今後も、「部落差別解消推進法」をふまえた条例の制定や改正に積極的にとりくんでいこう。

 法務省は「部落差別解消推進法」第6条にもとづいて、部落差別に係る実態の調査を実施し、調査結果を公表している。とくに、一般国民の意識調査結果では、国会質疑でも、法務省人権擁護局長が答弁しているよう、交際や結婚にさいしての部落にたいする差別意識が根強く存在していることが明確になった。また、インターネット上の部落差別情報の氾濫が深刻な状態であり、早急な対応策が求められている。

 法務省や総務省は、誹謗(ひぼう)・中傷などの情報発信者に関する情報開示の手続きの簡略化などをすすめているが、現実的な対応は、接続事業者(プロバイダ)まかせの無責任な姿勢である。総務省などは、情報開示手続きの簡略化を情報発信者への心理的な圧力をふくめた抑止力のように考えている。しかし、鳥取ループ・示現舎のような確信犯にたいしてはまったく実効性がない。

 今回の裁判のように、長い年月をかけて裁判で争う手しかなく、日本には人権侵害被害を迅速に、容易に救済できる制度が存在していない。

 われわれは、この間、自治体段階でのモニタリング導入の推進や、プロバイダにたいする部落差別情報対策などについて申し入れをしてきた。兵庫県丹波篠山市では、行政がプロバイダにたいして差別動画削除の仮処分申請をおこない、削除命令が出された。また、長野県小諸市、新潟県上越市、村上市、新発田(しばた)市では、それぞれ市長が地方法務局に直接、鳥取ループ・示現舎が掲載している差別動画の削除を要請している。

 さらに、3月の大阪府議会では、インターネット上の誹謗・中傷などの人権侵害を防止するための条例が全会一致で可決された。条例は、相談体制の整備と啓発を中心にした内容であるが、今後、検討会議で実効性のある施策について検討される。

 われわれが求める国内人権委員会の設置については、01年に人権擁護推進審議会がとりまとめた「人権救済制度の在り方」のなかでも急務の課題としても強く要請されている。また、国連人権理事会普遍的定期的審査(UPR)では、07年の第1回審査、12年の第2回審査をはじめ、17年の第3回審査でも国内人権委員会の設置を求める勧告が出されている。さらに、日本政府が批准・加盟している条約機関からも同様の勧告が出されており、日本政府は、そのたびごとに「フォローアップ(確認、徹底)することを受け入れる」(17年11月のUPRの勧告にたいする意見表明)としている。しかし、いまだに国内人権委員会の設置は実現されていない。

 かつて「人権擁護法案」「人権委員会設置法案」が閣議決定されてきた経過をふまえれば、国内人権委員会の設置は政治責任であり、さらには国際的な約束事でもある。感染症拡大という困難な状況ではあるが、われわれは、これまでの闘いの成果をふまえ、国内人権委員会設置をふくむ包括的な人権侵害救済制度の確立に向けて全力でとりくみをすすめよう。

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