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インターネット上の部落差別情報・差別扇動を許さず、闘いをすすめよう

「解放新聞」(2023.08.05-3072)

 インターネット上の差別事件が爆発的に増加している。その傾向とネット上の悪質な事件の分析からは、差別行為者がもつ差別意識とその意識を実際の差別行為に走らせるまでのハードルがきわめて低くなっているといえる。書き込まれている多くの差別的内容は、差別記述への多くの人々の抵抗感を弱め、それらを差別だと認識できないデジタル市民を増加させている。

 こうした傾向がネット社会の進化とともにより顕著になっている。それは近年のネット社会の特徴と密接に関わっている。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が普及し、コミュニケーションのあり方も変化している。一般のコミュニティとは異なるソーシャルネットワークのなかで、差別意識や思想が過剰になり、増幅されている。

 インターネットが生み出したプラットフォーム(場)でコミュニケーションのあり方が大きく変化している。キーワードは「ホモフィリー」(同類性)と「エコーチェンバー」(反響室)だ。ホモフィリーとは、人は同じような属性をもつ人々と群れるという考えをベースに、個人を同類の他者と結びつけることを重視するソーシャルネットワークの基盤的な考え方だ。エコーチェンバーとは、考え方や価値観の似た者同士で交流し、共感し合い、特定の意見や思想、価値観が、拡大・増幅・強化されて影響力をもつ現象だ。差別思想がより攻撃的、扇動的になる。インターネット交流サイトを運営する最大手の米メタ(フェイスブック)は、同類のグループにネット上の枠組みを提供する。そうした「コミュニティ」が構築されれば、受け取った情報や、メンバーが形成する態度、経験の相互作用が、参加者に大きな影響を与える。同質性にもとづく閉鎖的なシステムのなか、差別情報等が反復的にコミュニケーションがおこなわれ、強化、増幅、拡大される。響き合うように増幅される。

 増幅されたコミュニケーションやメッセージは同類の人々の心理や意識に大きな影響を与える。差別情報の内容がフェイク(虚偽)であっても、真実として受け止められるような意識を生み出す。いまやそのフェイク情報を人工知能(AI)が自動で容易に瞬時に広められる。さらに特定の差別キーワードにもとづいて多くの投稿をコピーし自動で拡散することも可能だ。これらの情報がネットリテラシーのない多くの人々に影響を与え、差別や偏見を助長している。

 こうしたSNSがもつ作用で、差別事件の内容がより過激になった。これまでは差別事件を起こすような人物ではなかった人々までもが容易に差別行為者になり、今日の差別事件をより深刻なものにしている。

 このような傾向は無数の差別事件を生み出し、ネット社会そのものがホモフィリーとエコーチェンバーの作用で、ネット上で差別事件を日々発生させている。

 こうしたネット上の膨大な差別事件の第1の差別性・問題点は、これまでの差別事件のなかでも差別撤廃にもっとも重大な悪影響を与える点だ。この種の事件は差別落書や差別発言と異なり、その後の差別行為の手段として悪用されることも多い。「全国部落調査」復刻版のネット上への公開行為は、これまでの差別事件を質的に変えた。公開された被差別部落のリストがダウンロードされたり、差別する手段として何度も利用されるようになった。全国各地の差別事件や部落差別身元調査の誘発・助長につながった。ネットにアクセスできる不特定多数の一般市民が「部落地名総鑑」を所持することになり、部落差別調査が容易にできるようになった。

 第2に、差別意識を活性化させ、差別扇動性をもつ点だ。全国各地の被差別部落の地名を暴露することを通じて差別攻撃のターゲットを示すことになり、この地域が差別すべき地域だと鮮明にし、多くの人々の差別意識をかき立てるという扇動性をもつまでになった。

 第3に、ネット上の差別事件を助長する点だ。近年ネット上で増加・悪質化している差別事件が、ネット上の差別記述への一種の「慣れ」の感覚を生み出している。差別記述の増加につながり、さらにネット上の差別事件をいっそう助長する悪循環を加速させている。それだけではない。電子版「全国部落調査」差別事件のように、差別行動に多くの人々を巻き込み、差別事件の差別性をさらに悪質化させている。前号の主張でも明らかにしているように、東京高裁の判決は大きな前進だったが、判決をふまえた立法が成就しない限り、ネット上の差別行為はあとを絶たない。

 第4に、ネット上に被差別部落の地名リストを公開した人物は特定できても、それらに差別的書き込みを重ねている人物を特定するのは容易ではない。匿名性の問題が、事件の真相究明、事件解決、再発防止を困難にしている。

 第5に、差別情報の書き込みを続ける犯人だけではなく、ネット上からダウンロードした人物を特定するのも困難な点だ。これまでの差別事件では、差別発言を聞いた人や差別落書を発見した人がそれに同調したり、その差別に加担しない限り差別行為者とは原則として見なしてこなかった。しかしネット上の被差別部落リストの場合、ダウンロードすれば「部落地名総鑑」を入手したことになり、重大な差別行為につながる。これらの人たちを特定することも事件を克服するうえでひじょうに重要だが、十分にできていない。一度ダウンロードされた被差別部落リストはほぼ回収困難であり、取り返しのつかない事態に結びついている。

 第6に、重大な差別事件でありながら予防が困難であり、再発する危険がきわめて高い。インターネットの特徴を最大限悪用したネット上の差別事件は、一部を除いて十分な対抗措置や法的措置もとれないまま事実上放置されている状態だ。

 第7に、これまで指摘してきた差別性や問題点とも関わり、差別事件の規模が桁違いに大きいという点だ。「部落地名総鑑」差別事件では、購入企業等の一定の人物にしか被差別部落の所在地は分からなかった。ネット上では不特定多数の人々が閲覧できるようになった。差別事件が個人的な規模や組織・地域的な空間で発生していたものから、インターネットを介して全国的・世界的な規模になっている。

 第8に、差別状態がきわめて長期間持続している点だ。ネット上に掲載された差別文書や差別扇動文書等は、ほとんどの場合削除されてこなかった。これは重大な問題であり、差別状態が半永久的に続いていることを示している。被害はきわめて甚大だ。

 第9に、これまでの差別事件とは質的に異なる動画等をもちいた差別行為も頻発するようになった。以上のような特徴・傾向・差別性・問題点をもつネット上の差別事件を克服しない限り、部落差別の完全撤廃はあり得ない。

 今日ではネットを悪用したデジタル差別身元調査が可能になっている。「チャットGPT」の出現は社会やビジネス等を大きく変えるだけでなく、技術を悪用した差別行為につながっている。人工知能の大きな壁だった自然言語処理が可能になり、人類が言葉で大きく前進したようにAIはさらに進化を遂げるだろう。

 科学技術の進歩は人権問題をより高度で複雑で重大な問題にしてきた。問題を克服するためには、こうしたことをふまえた強力で多様なとりくみが求められる。もっとも重要な基盤的課題はネット上やAIの進歩で発生している新たな差別や人権侵害の現実を正確に把握することだ。それらの現状を広く知らせなければならない。それが最重要課題だ。方針は現実から与えられていることをふまえ、その基盤的なとりくみの前進が差別禁止法や人権侵害救済法の制定につながっていることを忘れてはならない。

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