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「人種差別撤廃条約」にもとづく国内法を整備しよう

「解放新聞」(2025.06.05-3140)

 1965年、国連総会で「人種差別撤廃条約」が採択され、翌年の3月21日を「国際人種差別撤廃デー」と決議した。1960年のその日、南アフリカで「人種隔離法」に反対するデモ隊に警察官が発砲し、69人が殺害された。その後、南アフリカの人種隔離政策(アパルトヘイト)は廃止され歴史の一ページとなった。「つぎはカーストにもとづく差別に終止符を打つ」とピレイ元国連人権高等弁務官は力強く語った。

 「差別撤廃デー」を記念し、3月19日に衆議院第二議員会館で「人種差別撤廃NGOネットワーク」(ERDネット)が院内集会を開催した。

 今年は、「人種差別撤廃条約」採択から60年、1995年に146番目の締約国として日本が加入して30年の節目の年だ。146番目と加入が遅れたのは、政府の消極的姿勢にある。加入にさいして、条約が機能しないような四つの条件を付した。①憲法の平等原則があるので新たな立法措置はとらない、②条約第1条の人種の定義に被差別部落および琉球は入らない、③憎悪や差別的扇動を禁止する第4条は留保する、④個人通報制度の導入はしない、としたために、加入後は「失われた30年」となった。加入後、政府は条約の実行状況を人種差別撤廃委員会に政府報告書として提出し、審査を受けてきた。審査は01年からこれまで4回おこなわれたが、今日まで政府の消極的姿勢は変わっておらず、4回目審査(18年)以後、政府報告書提出催促にたいし審査の日程すら決めていない。

 院内集会では、ERDネットに参加する部落解放同盟をはじめ23団体が署名した決議を採択した。積極的に政府が対応するように、外務省の代表者に会場に来てもらい決議を手渡した。決議の趣旨は、①「人種差別撤廃条約」の国内完全実施、②人種差別撤廃のための包括的法律の制定、③国内人権機関設置と個人通報制度導入、④日本政府定期報告書の作成と条約委員会の審査日程を確保する、である。今後は「失われた30年」にしないよう決意をした集会であった。

 世界の水平運動を掲げる部落解放同盟は「国際人権規約」批准に向けたとりくみを始めるなかで、「人種差別撤廃条約」と出会った。1979年に批准された「国際人権規約」は、国家の人権政策のとりくみを促進することに有用であるが、日常生活のなかで起きる部落差別に関しては有効ではない。私人間で起きる部落差別に対処するには「人種差別撤廃条約」を生かした国内法を整備し差別解消をはかることになる。部落解放同盟は条約にもとづき85年に「部落解放基本法案」を策定し、制定要求闘争を展開した。「同和対策事業特別措置法」のような財政法ではなく、部落差別撤廃に法的根拠を与える国内法や、それを支える条約への加入が必要だったが、政府は条約加入で、国内法としての基本法制定に向かうことを警戒して、条約第1条の人種の定義「人種、肌の色、種族的又は民族的出身、世系(Descent)」の世系は人種的意味合いを含んでいるので、部落差別は含まれないとした。

 部落解放同盟は条約加入を促進するために、88年に反差別国際運動(IMADR)を発足し、ジュネーブに事務所を開設。積極的に人種差別撤廃委員会との連携をつくりあげた。IMADRは93年に国連の協議資格を取得。条約委員会委員に来日してもらい、集会を開催し、部落問題の理解を深めた。世系にはインドのカースト制度と類似する部落差別が含まれると確認した。しかし、政府は世系の定義を曖昧(あいまい)にし、条約の中心である差別禁止の第4条も留保したまま、村山内閣は条約に加入。条約を機能させるための国内法の整備にとりくんだ。また、97年の「国連人権教育10年」に人権擁護推進審議会を設置。委員会は答申を出し、2000年にそれにもとづいて「人権教育・啓発推進法」が制定された。審議会は続けて01年に人権救済制度の在り方に関する答申を出した。02年、差別禁止規定と人権委員会設置規定を盛り込んだ「人権擁護法案」を策定し国会に上程したが、廃案となる。また12年、「人権委員会設置法案」を国会に提出したが廃案となった。

 条約を機能させる国内法は結局、「部落差別解消推進法」として成立したが、条約の趣旨をふまえた国内法としてはまったく不十分である。

 国連では、世系差別を「職業と世系に基づく差別」とした。01年には国連「反人種主義差別撤廃世界会議」(ダーバン会議)が南アフリカで開催され、「職業と世系に基づく差別」を世界に向けて訴え、世系概念の国際化がはかられた。国際ダリット連帯ネットワーク(IDSN)、アジア・ダリット権利フォーラム(ADRF)、世系差別撤廃のためのグローバル・フォーラム(GFOD)、部落解放同盟、IMADRなどのNGOが連携しながらすすめている。

 「職業と世系に基づく差別」は日本、インドの他に南アジア、アフリカ、中東、ディアスポラ(故郷を離れ世界各地に分散し生活する民族)などにも存在することを確認した。

 01年、人種差別撤廃委員会による日本政府報告書審査が初めて実施された。市民社会はERDネットに結集し、政府報告書審査に臨んだ。ERDネットとして統一したNGOカウンターレポートを条約委員会に提出し、マイノリティの実態に関する情報提供をしてきた。被差別部落、アイヌ民族、琉球にルーツをもつ人々、在日韓国・朝鮮人、移民、難民などの課題について積極的にロビイングで訴えた。委員会の最終意見では、差別禁止法制定、部落差別はインドのカースト制度と類似した差別で世系差別、条約第4条の留保撤回、マイノリティの子どもの教育の権利保障、先住民族の権利保障などが勧告された。マイノリティが差別や人権侵害にさらされてきた歴史を変えるために、条約の国際人権基準のもとで解決すべきとしたことは条約加入の大きな成果であった。

 条約委員会は02年に「世系に関する一般的勧告29」を採択し、部落差別は世系差別とした。勧告には、女性は交差的で複合的な差別を強いられているとして、マイノリティ女性の概念が登場する。条約名の「人種差別」で連想する生物学的人種主義はすでに否定され、人種は存在しない、社会的構築物である。条約の「人種差別」は誤訳であり、原義はracial discrimination=「人種的差別」である。人種概念を広く解釈し、世系を含む概念として整理され、「人種、種族的又は民族的出身と混同されるべきではない」とした。

 05年には国連人権理事会のもとに「人権の促進及び保護に関する小委員会」が設置され、「職業と世系に基づく差別の効果的撤廃のための原則と指針案」を作成した。07年に国連人権理事会に提出したが、採択されていない。また、国連では12年に「人種差別とマイノリティ保護に関する国連ネットワーク」を設置した。

 IMADRは、昨年、国連ビジネスと人権フォーラムで「職業と世系に基づく差別」を訴え、世界ダリット会議に参加。また、『人種差別撤廃条約に関する解説本』、『人種差別撤廃委員会を活用する市民社会向けの実践ガイド』、絵本『こどもにとっての人種差別撤廃条約』を発行。国連人権高等弁務官事務所が、マイノリティの権利保障には差別禁止法と国内人権機関設置が重要だとして発行した『包括的反差別法制定のための実践ガイド』の日本語版も作成し、日本学術会議包括的差別禁止法検討小委員会と協力して、「実践ガイド」の宣伝とガイドの活用に向けた連続ワークショップを開催した。

 「パリ原則」にもとづく各国の国内人権機関は、「国内人権機関世界連合」を組織し、国連人権高等弁務官事務所に事務局を置く。現在、「パリ原則」完全適合A認定118か国、部分的適合B認定27か国である。

 日本政府にも「国際人権諸条約」にもとづく国内法を整備していく循環型人権保障システム構築にぜひ参加してほしい。

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