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核兵器の廃絶、平和運動のとりくみを強化しよう

「解放新聞」(2018.08.06-2870)

 73年前の1945年8月6日、世界で初めて核兵器が使われた。アメリカが広島に落とした原爆で、その3日後の8月9日には長崎にも落とされた。アメリカは原爆の力を見せつけ、早く戦争を終わらせるために落としたとの見方がある。もし日本が早く降伏していれば、原爆投下は避けられたかもしれない。一方で、すでに日本のまわりの「海」や「空」はアメリカが支配し、沖縄も占領されていて、日本が負けることは決定的な状況だった。広島の原爆は「ウラン235」、長崎の原爆は「プルトニウム239」が使われ、アメリカが2種類の爆弾を試したかったともいわれている。

 上空約600メートルで炸裂した原爆の被害は、熱線、爆風、放射線の3つで、爆発で数十万から数百万度の火の玉ができ、熱線で爆心地付近の温度は3千から4千度にもなった。爆心地近くでは、熱線を浴びた人のほとんどがその瞬間か数日のうちに死亡し、爆風で建物が倒壊したり吹き飛ばされたりした。壊れた家が燃え、逃げ出せずに焼け死んだ人や、割れたガラスが体に突き刺さった人も多数いた。

 原爆の一番の特徴は、目に見えないまま長時間続く放射線の被害だ。爆心地付近に入って家族や知人を捜したり、救助にあたったりした人たちも放射線の被害にあった。放射線を浴びたことで、歯ぐきから血が出たり、髪の毛が抜けたりする「急性症状」を発症し、その後、がんなどで亡くなる人が多くなった。甲状腺機能低下や白内障、心筋梗塞を発症した人も多数確認された。

 1945年の年末までに、広島では約14万人、長崎では約7万4千人が亡くなったとされている。その後も放射線の影響でたくさんの人が死亡し、いまも不安を抱えている人が多い。被爆者への医療費の自己負担分が免除される被爆者健康手帳は約15万人が所持している。一方、強制連行・徴用された朝鮮人とその家族などで被害を受けたまま放置された人たちや、「ヒバクシャだから」という「差別」を恐れて被爆者健康手帳の申請をしなかった人も多数いた。また、長崎の爆心地から12キロ以内で被爆しながら、国が指定した「被爆地域」の外にいたため、被爆者と認定されずに「被爆体験者」とされ、被爆者健康手帳を交付されていない問題がある。国は、敗戦を予見していたにもかかわらず「戦争」を長期化させ原爆が投下されたことで、73年以上にわたって現在も被害が続いていることを認識し、早急に十分な補償をするとともに「反戦・反核」の姿勢を強める必要がある。

 核不拡散条約(NPT)は、核兵器保有国での核兵器の削減に加え、非保有国にたいする保有国の軍事的優位の維持の思惑もふくめて核兵器保有国の増加を抑止することを目的として1963年に国連で採択された。しかし、アメリカとロシアの核兵器保有数は約1万4千発にもおよび、世界中の90%以上を占めている。これまで核兵器が使用されたのは、広島と長崎への2発しかない。それが国連で条約が採択されてから50年以上経過していても、アメリカ、ロシアをふくむ9か国で1万5千発もの核兵器が保有されているのは異常としかいいようがない。また、日本は日米原子力協定で、使用済み核燃料再処理でプルトニウムを原子力発電の原料にリサイクルする権利を非核保有国で唯一、例外的に認められてきた。そして核燃料サイクルが破綻した現在、日本は原子爆弾6千発に匹敵する47トンものプルトニウムを国内外の原子力関連施設に保管している。

 昨年7月に国連で採択された核兵器禁止条約は、核兵器の開発、実験、製造、備蓄、移譲、使用とその威嚇にいたるあらゆる活動を禁止し、その廃絶をうたっている画期的といえる条約だ。122か国・地域の賛成多数で採択されたが、全核保有国は不参加、アメリカの核の傘の下にあるカナダやドイツなどNATO加盟国や日本、オーストラリア、韓国なども不参加だった。日本政府はこの条約に早期署名、批准し、被爆国として先頭に立ち、「核廃絶」と「平和」を求める姿勢を世界に向けて示さなければならない。

 32年前の1986年、ソビエト連邦(現在はウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号機が炉心溶融(メルトダウン)ののち爆発し、広島型原爆の何百倍もの放射性物質を放出した。放出された放射性ガスとちりは、風によって中央ヨーロッパから南ヨーロッパまで拡散した。チェルノブイリ原発から半径30キロが立ち入り禁止区域に指定され、約15万人の住民が強制避難となった。また、原発から北東へ向かって350キロの範囲内にはホットスポットとよばれる高濃度汚染地域が約100か所に点在し、ホットスポット内では農業や畜産業などが全面的に禁止されており、その周辺でも制限されている地域がある。原発があったプリピャチ市はいまも無人のままだ。

 チェルノブイリ原発事故の早期収束をめざし、約半年間の突貫作業で多数の犠牲を払って、炉心をコンクリートで封じ込めた「石棺」は耐用年数が30年とされていたため、2012年から「石棺」を覆う「新安全閉じ込め構造物(NSC)」の建造がはじまった。このNSCは全長162メートル、幅257メートル、高さは108メートルのアーチ状構造で、100年にわたって放射性物質を封じ込めるように設計されている。しかし、事故当時に作業や調査中に亡くなった人びとの遺体も高い線量のため搬出できていない。放射性物質漏れを防ぐには、それらだけではなく、さまざまなものを100年以上封じ込めるしか方法はなく、世紀をこえても収束はできないとされている。

 福島第1原子力発電所事故は、国際原子力事象評価尺度(INES)で、チェルノブイリ原発事故と同じ、最悪のレベル7(深刻な事故)に分類されている。敷地内の放射線量は低くなってきているものの、建屋内は高線量の場所が多く、がれきの除去作業も難航している。政府と東電の廃炉工程表では、最長40年で事故処理を終える計画を堅持しているが、1979年、アメリカのスリーマイル島での原発事故では、燃料デブリ(溶けた核燃料や原子炉構造物が冷えて固まったもの)を砕くのに時間がかかり、いまなお1トンほどが残ったままだ。もっとも長い想定では、2134年に終える計画で、事故から145年も費やす。

 一方、日本では「原子力緊急事態宣言」は発令されたままだ。にもかかわらず、安倍政権は原発再稼働をはじめ、核依存のエネルギー政策をおしすすめている。

 政府は、一度の事故で数万人の生活を壊し、健康に危害を加え、命をも奪う原発から脱却し、安全で安心して暮らせる時代を未来につなげていく責任がある。

 長崎市の平和公園にある平和祈念像の、垂直に高く掲げた右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は平和を、横にした足は原爆投下直後の長崎市の静けさを、立てた足は救った命をあらわし、軽く閉じた目は戦争犠牲者の冥福を祈っている。

 広島の原爆死没者慰霊碑には「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と記されている。

 その決意を新たにしよう。そして原水禁大会の参加をはじめ、被爆体験・戦争体験を語り継ぎ、「核兵器による被爆国」であること、「フクシマ原発事故」での破局的惨事を風化させず、地域から平和運動のとりくみを強化していこう。


 

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