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検察官による証拠不開示は国際人権規約違反である

1998年10月19日からジュネーブの国連本部で国際人権〈自由権〉規約委員会が開かれ、日本政府が国連に提出した報告書の審査がおこなわれた。

部落解放同盟中央本部では、この委員会に「狭山事件の再審請求で検察官が証拠開示をしていないのは国際人権〈自由権〉規約に違反する」として、狭山事件に関するカウンターレポート(報告書)を提出するとともに、弁護団や法学者らとともに代表を派遣し、委員会へ直接訴えました。

英語版

国際人権<自由権>規約にもとづく日本政府の第4回報告書に対するカウンターレポート
(国連・規約人権委員会へ提出 1998年10月)

狭山事件再審請求における証拠不開示の問題について

部落解放同盟中央本部

1 狭山事件とは

 狭山事件は1963年におきた女子高校生殺害事件です。同年5月1日、埼玉県狭山市で、学校帰りの女子高校生が行方不明になり、脅迫状が自宅に届けられるという事件がおきました。警察は身代金を取りに現れた犯人を取り逃がし、三日後に女子高校生の死体が発見されました。警察は一カ月前にも東京でおきた吉展ちゃん誘拐事件で犯人を取り逃がしたばかりであり、大きな非難を浴びました。捜査のミスが国会でも問題にされ、警察庁長官が辞任するほどの大事件でした。しかし、警察は威信をかけて、大捜査おこないましたが、手掛かりがつかめないまま捜査は行き詰まってしまいました。
 同月23日、警察は見込み捜査によって、被差別部落出身の青年・石川一雄氏(当時24歳)を逮捕しました。逮捕の理由は女子高校生殺害ではなく、友人の作業着を借りたまま返していなかった(窃盗)などの別件でした。石川一雄氏の逮捕の背景には、犯人は部落民に違いないという市民の根強い差別意識がありました。
 石川氏は、警察の留置場(代用監獄)に勾留され、女子高校生誘拐殺害について、約1カ月にわたって連日取り調べを受けました。石川氏は無実を訴えつづけたが、逮捕後29日目に、弁護士との接見も禁止されている間についに自白をしました。石川氏は、代用監獄での長期にわたる取り調べと、兄を犯人と思い込まされ、自白しなければ兄を逮捕すると脅かされたうえに、警察官の「認めれば10年で出られるように約束する」という偽計によって虚偽自白をしたのでした。一審では死刑判決、二審で無期懲役の判決を受け確定しました。石川氏はすぐに再審を請求、20年以上にわたって「裁判やり直し」を求めています。現在、東京高等裁判所に二度目の再審請求中です。石川氏は、31年7か月におよぶ拘禁生活のすえに、1994年12月に仮出獄が認められました。仮出獄した現在も無実を訴えています。

2 無実を証明する証拠

①石川氏の自白は真実ではない
 狭山事件は市民常識として疑問の多い事件です。
 脅迫状など自白で石川氏が手にしたとされる証拠物がたくさんありますが、そのどれからも石川氏の指紋が発見されていません。(警察官や最初に脅迫状を発見した被害者の兄の指紋は検出されているにもかかわらず)
 被害者の頭には傷があり、出血していますが、殺害したとされる場所や死体を隠したとされる場所などから一切、血痕が見つかっていません。
 そもそも、被害者は学校帰りに突然呼び止められ、見ず知らずの石川氏に林のなかまで着いていったとされています。被害者はスポーツ好きの活発な高校生であり、見ず知らずの男に「用がある。ちょっとこい」と言われただけで黙ってついていくということは考えられません。だれも目撃者はいません。とくに、殺害現場とされた雑木林の隣の畑で約20メートルの至近距離で農作業をしていた農夫の小名木氏は「悲鳴を聞いていないし、だれも見ていない」と証言しています。

②筆跡が違う
 有罪判決は筆跡の一致を証拠の主軸としていますが、写真を見てもわかるように、筆跡はまったく違います。そもそも、石川氏は、学校にも行けず、十分な教育を受けることができませんでした。それが日本における部落差別の実態でした。そのため、当時の石川氏は24歳にもかかわらず漢字もほとんど書けず、ふだん字や文章を書くこともまったくなかったのでした。石川氏に脅迫状を書くことは考えられません。弁護人は、国語学者や元警察の鑑識課員などに鑑定を依頼し、筆跡が違う、石川氏には脅迫状は書けなかったという鑑定結果を裁判所に提出しています。

③証拠ねつ造の疑いがある
 判決は自白通りに石川氏の自宅から被害者の万年筆が発見されたとして、有罪の証拠としています。この万年筆は、石川氏が犯行後、自宅へ持ち帰ったものとされていますが、この万年筆にも石川氏の指紋はありません。万年筆のインクは被害者が使っていたものと違うインクであり、被害者の指紋も発見されていません。
 しかも、この万年筆は、警察官が石川氏の自宅を十数人で二度にわたって捜索しているのに、その際には発見されず、その後、事件から2カ月近く経って発見されたものです。(事件発生5月1日。万年筆発見は6月26日。その間に二回警察は石川氏の家の徹底した家宅捜索をおこなっている。)当時家宅捜索した警察官の一人も弁護人に対して、「自分が捜索したときには万年筆はなかった。あとから見つかったと聞いて不思議に思った」と証言しています。この警察が押収したという万年筆はきわめて疑惑の多い証拠物であり、とうてい有罪の証拠にはできません。

④ 公平な裁判のために証人調べと再審開始を
 石川氏とその弁護団は、このような有罪判決に合理的疑いを示す証拠をもとに、再審を請求しています。弁護団は、まず石川氏本人の証人尋問や鑑定人の尋問、現場検証などの事実調べをおこなうよう求めています。わたしたちは、「疑わしきは被告人の利益に」ということが刑事裁判の鉄則であり、「無辜の救済」が再審制度の理念であると確信しています。東京高等裁判所がそのような理念に従うならば、狭山事件の再審を開始するべきだと考えています。そして、まず「公平・公正な裁判」を保障するためには、公開の審理による証人尋問や現場検証が不可欠であると訴えています。

⑤ 狭山事件の公正裁判を求める国民の声は広がっている
 わたしたちは、狭山事件は、部落民に対する差別が生み出したえん罪であると考え、同じ仲間として石川氏の無実を晴らす裁判支援の闘いをつづけてきました。同時に、このような差別がひきおこしたえん罪、不公平な裁判は市民一人ひとりの人権の問題であるとして、広く国民に訴えてきました。
 狭山事件の有罪判決に合理的な疑いがあることを多くの市民が感じています。しかし、狭山事件では、この間24年間もの間まったく証人調べも現場検証もなされていません。書面の審理だけで無実の新証拠がしりぞけられています。これでは、石川氏が公平・公正な裁判を受けているとは言えません。わたしたちが呼びかけた狭山事件の再審開始を求める署名は130万人の人が署名しています。また、著名な学者、作家、映画監督、俳優、音楽家など各界の人たちが呼びかけた、狭山事件の公正裁判を求める署名にも120万人を越える人が署名しています。そのなかには、日本の地方自治体の20%近い610人を超える自治体の長の署名も含まれています。狭山事件の再審請求において公正な裁判を望む声は広く国民の世論となっています。

3 検察官による証拠不開示

 狭山事件再審弁護団は、東京高裁に新証拠を提出し、再審開始を求めるとともに、公正な裁判がなされるために、東京高等検察庁の検察官にたいして、証拠開示を求めつづけてきました。弁護団は、再三にわたり書面提出と折衝をおこなってきています。
 弁護団は、当時の関係者の供述や新聞報道などによって存在すると考えられる証拠について開示を求めました。たとえば、「殺害現場」とされる雑木林において、ルミノール反応検査という「血痕検査」をおこなったと当時の埼玉県警の鑑識課員が証言しています。ところが、検察官は「血痕検査の報告書」は存在しないと回答し、いまだに開示されていません。弁護人には、どのような証拠が集められたか、検察官が現在所持している証拠がどんなものなのかまったく知ることができないのです。そこで、狭山事件弁護団は、とくに証拠の標目(リスト)の開示を求めていますが、検察官は開示を拒否し続けています。検察側は証拠リストの開示については、プライバシーを考慮しなければならないと言っています。しかし、これは、プライバシーを考慮した具体的な方法を弁護側と検察側で協議すれば解決できると思われます。プライバシー保護を一般的に言うことは検察官が証拠開示を拒否する理由にはならないと考えられます。
 また、狭山事件の場合、35年も経って判決が確定した後の再審請求であり、証拠開示によって「罪証湮滅の恐れ」があると言うこともできません。
 この9月8日におこなわれた検察官と弁護人との折衝において、東京高等検察庁の會田正和検事は、まだ開示していない証拠書類などが多数あること、その証拠のリストがあることを認めています。いずれにしても、検察官の手元にはまだ弁護側や石川氏の見ていない証拠が多数あり、検察官だけがそれをすべて見ることができるということは不公平以外の何者でもないと思われます。検察官はその証拠のリストも見せようとしないのです。

4 証拠開示は国際人権<自由権>規約にもとづく弁護側の権利

 わたしたちは、「防御の準備のための十分な便益」の保障を定めた国際人権<自由権>規約14条3項bは、弁護人が被告人や弁護人に証拠開示を受ける機会を保障するものと理解しています。狭山事件における検察官の証拠の不開示は、規約とその精神に反していると考えます。
 規約人権委員会も1993年、日本政府の第3回報告を審査した結果、「弁護人が警察にある記録にアクセスできていない」ことを指摘し、是正を勧告しています。
 この審査におけるララ委員の「もし物事が警察の記録において、弁護側には秘密にされるのであれば、被告人はいったいどのようにして自己の弁護を準備することができるのでしょうか」という指摘は、狭山事件の再審請求にあてはまるものと思います。
 ララ委員は、「防御の準備のために十分な時間および便益を与えられる」という規約の第14条3項bの規定について、「『便益』とは、防御側が公判の過程において直面することになる検察側の主張立証(の根拠となる資料)の入手可能性を言う」と指摘されています。そのような検察側手持ち証拠の開示を受ける機会がまったく保障されていないのが狭山事件における石川氏と弁護人のおかれた実態なのです。
 同じくエヴァット委員も、「ララ委員が言われたように、公正な裁判の要素は、被告人とその代理人がすべての必要な文書と証拠にアクセスすることができるということです。それには、検察側のファイルも含まれます。それについて規定している法もありますが、しかし、弁護側は、その存在を既に知っている文書名を特定して請求しなければならない、とされているようです。しかし、それでは十分と言えません。というのは、検察側が有している証拠については、弁護側が全く知らないかもしれないからです。・・・たまたま当該の証拠の存在を弁護側が知らないからといって、弁護側に有利な証拠が開示されないことになれば、不正義になる」と指摘されています。
 わたしたちは、規約委員会の委員のこうした指摘は、きわめて重要と考えています。
 さきほど指摘したように、狭山事件においては、検察官が自分の手元に多数の未開示の証拠書類等があることその証拠のリストがあることを認めていますが、弁護人はまったくその内容を知ることさえできていません。いったい何が事件当時、警察によって集められ何がいま検察官の手元にあるのかまったくわからないのです。証拠のリストさえ検察官は見せるのを拒否しているのです。
 検察官は具体的にこれこれの証拠の開示を請求してもらいたいと言いますが、まさにエヴァット委員の言う通り、弁護団にはどのような証拠があるのかさえわからないので、特定して開示請求しようがないのです。(新聞記事などからこういった類の証拠があるはずだということで開示請求しても検察官はそんな証拠はないと回答するだけで終わってしまうことが多いのです)
 これでは、日本政府が第4回報告書で述べているように、「被告人及び弁護人には証拠の開示を受ける十分な機会が保障されている」とは言えません。
 わたしたちは、狭山事件に関わる検察官手持ち証拠のすべてを弁護側に開示すべきだと考えていますが、少なくともまず証拠リストを弁護側に開示し、どのような証拠があるのかということは知らせるべきであると思います。
 わたしたちは、ことし3月~4月に、カナダのマーシャル事件の再審弁護人であったスティーブン・アーロンソン弁護士を日本に招き、えん罪事件を教訓として証拠開示の制度を確立したカナダの貴重なケースについて話を伺うことができました。東京、京都、福岡で講演会を開催し、多くの日本の市民にも国際的な人権基準にもとづいて「証拠開示を受ける機会の保障」が当然のことであることを伝えることができました。
 狭山事件の再審請求の弁護団は、規約委員会の1993年のコメントや国際的な人権基準にもとづく証拠開示手続きの実態をふまえて、東京高検の検察官にたいして、証拠開示を強く求めるとともに、東京高裁の担当裁判官にたいして証拠開示の勧告を求めていますが、いまだに実現していません。
 規約委員会のコメントを受けて、日本政府は、昨年の第4回報告で「弁護人が証拠開示を受ける十分な機会が保障されている」と報告しています。しかし、現実には、狭山事件の再審請求においては、「証拠開示の十分な機会」は保障されておらず、規約委員会の勧告は現実のものとなっていないと言わざるをえません。
 根本的な問題は、検察官がどんな証拠を有しているのか弁護人にはまったく知らされていないという実態であると思います。そのような実態を是正するためには、まず証拠リストの弁護人への開示が、手続きのどのような段階においてもなされなければならないと、わたしたちは考えます。
 そして、具体的に証拠リストの開示を弁護団が再三にわたって強く検察官に求めている狭山事件に関して、ただちに証拠リストの開示がなされることが必要です。
 日本弁護士連合会は、公判前の検察官手持ち証拠全部の開示を原則とする立法措置を提言しています。(日弁連カウンターレポート参照)そこでも、証拠標目の開示をまずおこなうことが提起されています。

 日本における再審請求の手続きは新証拠の発見を理由としています。証拠の全面開示を認めないことは、この再審制度の理念とあいいれないと法学者も指摘しています。検察官手持ち証拠の中に、有罪判決に合理的疑いを生じさせる可能性のある新証拠(すなわち再審請求の理由となる証拠)が存在するかも知れないのに、その開示を拒否することは新証拠の提出を求める再審制度と矛盾するからです。
 現に、日本で誤判があきらかになったケースにおいても、証拠不開示が誤判をひきおこす原因の一つであったことが判明しています。たとえば、松山事件では、被告人に虚偽の自白をさせるに至った警察留置場の同房者の供述調書が証拠開示で明らかになり、再審開始のための新証拠となりました。松川事件では、死刑判決を受けた被告のアリバイを証明するメモが検察官の手元にずっと隠されていました。いずれも、裁判がやり直され、無罪が確定しています。
 日本においては、代用監獄などえん罪の温床となる刑事司法の問題があり、いまだにえん罪を訴え、再審請求などの裁判をおこなっている人が多数います。石川一雄氏もそのなかの一人です。
 しかし、多くの再審請求において、弁護人らが検察官手持ち証拠の開示を求めているにもかかわらず、いずれの事件においても、検察官は証拠開示に応じていないようです。第三回報告の審査の際に、とくに規約14条3項等に規定された適正な司法について懸念を表明されたララ委員は「日本代表団は、これらのさまざまな規定の意味について、本当に誤解していると考えます」と指摘したように、日本の検察官、法務省の姿勢の問題であるとわたしたちは考えています。
 わたしたちは、国際人権<自由権>規約委員会の勧告を真摯に受けとめ、国際人権<自由権>規約や「人権教育のための国連10年・行動計画」(とくに検察官は人権擁護の立場に立たねばならないとされている)等にもとづいて、弁護人の証拠開示の請求にたいして検察官が誠実に対応すべきだということを求めて、現在も毎週、検察庁に要請団を送って署名などを提出しているところです。
 狭山事件はすでに事件発生から35年を経た事件です。犯人とされて有罪判決を受けた石川一雄氏は、いまなお無実を叫びつづけ、真実の究明を切望しているのです。石川氏と弁護団のこのような長年にわたる訴えを無視しつづけることは著しく正義に反することです。35年を経たいまなお、検察官が「捜査への支障」「関係者のプライバシー」を理由に開示を拒否しつづけることはきわめて不当です。
 わたしたちは、公平・公正な裁判を保障するために、東京高等裁判所が事実調べをおこなうようこととともに、検察官が弁護団の要求に誠実におうじて、狭山事件に関わる証拠不開示の事態が早急に是正されることを訴えます。

以   上


狭山事件弁護団が開示を求めているおもな証拠

 ①「犯行現場」のルミノール反応検査報告書
 石川氏の自白で犯行現場とされた雑木林でルミノール反応検査をおこなったと当時の埼玉県警鑑識課員は証言している。法務省刑事局長も、国会でこの血痕検査報告書の存在を認める答弁をいったんおこなったが、検察官も存在しないと否定している。被害者の後頭部には傷があり、出血している。同じく自白で死体を隠したとされた穴ではルミノール反応検査がおこなわれており、殺害現場とされた場所でルミノール反応検査が実施されていないということは考えられない。
 犯行現場の自白が真実かどうかは自白全体の信用性をゆるがす重要な争点である。殺害現場近くで農作業をしていた人が「悲鳴を聞いていない。人影もなかった」と証言しており、この証言とあわせて血痕検査の結果は重要な証拠となる。

 ②「足跡写真」
 身代金を取りに犯人が現れた現場で足跡が採取されている。採取された足跡の石コウでとられた型が証拠として出されているが、足跡写真は提出されていない。警察官が作成した調書には「写真撮影した」と書かれており、石川氏も取り調べで足跡写真を見せられている。足跡は石川氏の自宅にあった地下足袋と一致するとして有罪証拠の一つにあげられたものであり、重要な争点である。

 ③「証拠リスト」
  このほかにも、捜査報告書なとが開示されないまま検察官の手元に存在することを検察官も認めている。また、読み書きが十分にできなかった石川一雄氏に警察官らは犯人の残した脅迫状を手本にして写させ字の練習をさせた。
 その練習させた用紙についても弁護団は開示を求めている。この練習用紙や「殺害現場のルミノール反応検査報告書」「足跡写真」ともに検察官は存在しないと回答してきた。これらの証拠の存否を確かめることも、ほかにどのような証拠が検察官の手元にあるのかも弁護人には知ることができない。
 弁護人は証拠のリストの開示を求めている。証拠リストについては検察官も法務省刑事局長も存在を認めているが、関係者のプライバシーを理由に開示を拒否している。