証拠開示の必要性についての法学者の意見

●司法改革のなかで証拠開示の保障を求める声は高まっている
「アメリカではジェンクス事件があって、検察官が国家機密を理由に証拠の開示を拒んだところ、当時の合衆国最高裁は、『検察官は正義が行われることを見とどける義務があるのだから、被告人に対して公訴を提起しながら、国家機密等の特権を理由に特定の証拠の開示を拒むことによって、被告人の防御のため重要かも知れない証拠の利用を奪うことは許されない』といい切った」「全面的証拠開示はしごく当然の議論」
(佐伯千仭・立命館大学名誉教授『季刊 刑事弁護』1号 一九九四年 現代人文社)

「開示に関わるプライバシー侵害の発生や危険論などに配慮した現実的かつ実質的開示論が構成されねばなるまい。その観点からは、カナダ最高裁が示したように、全面開示を前提にしながら、不開示裁量を承認し、不開示理由を具体的に検討していくことが結局、所期の目的を達成するうえで得策であろう。」「弁護側において開示請求をおこなう前提として証拠の標目を提示することは、証拠請求のいかんにかかわらず当然おこなわれなければならないだろう。」(指宿信・鹿児島大学助教授『検察官の証拠開示義務を認めたカナダ最高裁』「ジュリスト」有斐閣 1995.3.1 (No.1062))

「再審における原則全面開示を否定することは、新証拠発見を理由とする再審を一般的に認めることと相い容れない」「国家機関(検察官、警察)が新証拠を有している可能性を不問にして、冤罪を訴える、有罪の言渡を受けた者に新証拠の提出を求めることは背理だからである。」(田中輝和・東北学院大学教授『刑事再審理由の判断方法』一九九六年 信山社)

「一九八〇年代における死刑四事件の再審無罪確定は、重大事件における誤判の存在を確認させるものであったが、同時にそれを是正する可能性が残されていることも示した。この間、誤判原因として、代監(代用監獄)・接見禁止を利用した取調べ、それを許容する令状実務、誤った鑑定、証拠の不開示、公判の形骸化などが指摘されてきた。これらは連動しており、代監廃止、自由な接見、取調べ立会い、全面証拠開示、陪審制復活など、そのいずれが実現しても全体の様相は一変するはずである。」(浅田和茂・大阪市立大学教授『刑事司法の科学化』「ジュリスト」1999.1.1 (No.1148))

「国連の人権規約委員会は、五年毎に、各国の政府から、人権規約の実施状況について報告を徴し、所見を述べ、勧告をすることになっている。日本については、今年、第四回目の報告書の検討がなされ、委員会は一九九八年十一月五日に「最終見解」を採択した。そのなかで、委員会は、被疑者・被告人の権利の保護に関するわが国の制度および運用に対して、いくつかの疑問を述べている。(以下、証拠開示保障など規約人権委員会の勧告の引用)」「やっと(刑事手続の)改革が動きはじめた現在では、これらの点にも改革のための努力が及ぶことが期待される。国連の勧告をいつまでも放置するわけにはいかないだろう。」(平野龍一・東京大学名誉教授 「ジュリスト」1999.1.1 (No.1148))

*( )内は編注

 

証拠開示をめぐる経過

1984年 2月    当時の埼玉県警鑑識課員が「犯行現場のルミノール反応検査をおこなったが陰性だった」と証言。
1985年 5月28日 〈最高裁が特別抗告棄却決定〉
   10月19日  元県警鑑識課員「検事からの問い合わせにも答えた。ルミノール検査はまちがいなくやった。報告書出した」と再度証言

1986年 8月21日  第二次再審請求〉
    11月12日 東京高裁に証拠提出命令申立
   12月 5日  東京高検に証拠開示請求(ルミノール反応検査、証拠リストなど14項目)
1988年 9月 2日  東京高検が「芋穴のルミノール反応検査報告書」一点を開示
1993年11月 4日  国連の規約人権委員会が日本政府に弁護側への証拠開示の保障を勧告
1995年 3月17日  東京高検にリストなど六点にしぼった証拠開示請求
1996年 8月21日  IMADR(反差別国際運動)が国連人権小委員会で狭山事件の証拠開示を訴える
1997年 7月11日  証拠リストの開示勧告について上申書を東京高裁に提出
    9月30日  東京高検の担当検事と折衝。証拠リスト開示を強く要請
    12月 5日  法務省・原田刑事局長(当時)に要請
1998年 2月17日  証拠標目を記載した書面(証拠リスト)開示請求書を提出
5月13日  衆議院法務委員会で北村哲男議員が証拠開示について質問
    9月8日  弁護団が東京高検の担当検事と折衝。
          未開示証拠が多数存在すること、証拠リストがあることを會田検事が認める。
 10月28〜29日  国際人権〈自由権〉規約委員会で日本政府の第4回報告書の審査がおこなわれる。
          委員から証拠開示について質問が出され、「狭山事件」にもふれて問題があると指摘。
    11月 6日  国際人権〈自由権〉規約委員会が最終見解で日本政府に証拠開示の保障を再び勧告(資料)
    11月17日  弁護団が東京高検の會田検事と折衝。国連の勧告も指摘し証拠開示を求める。
1999年 3月23日  東京高検の會田検事と証拠開示折衝。「未開示証拠を整理した。未開示証拠は積み上げると二〜三メートルになる」と回答
    4月     東京高検の担当検事が交代(會田検事→亀井検事)
    6月10日  東京高検の亀井検事と証拠開示折衝。
    6月23日  東京高裁・高木裁判長と面会。証拠開示についても状況を説明し理解を求める。
    7月 8日  〈東京高裁第四刑事部・再審請求棄却〉
    7月12日  〈東京高裁に異議申立〉
    9月     東京高検の担当検事が交代(亀井検事→安達検事)
   11月    東京高検の担当検事が交代(安達検事→麻生検事)
    11月24日  東京高検の麻生検事と証拠開示折衝
2000年3月3日  東京高検の麻生検事と証拠開示折衝
     4月    東京高検の担当検事が交代(麻生検事→松本検事)
     6月    東京高検の担当検事が交代(松本検事→江幡検事)
     6月28日  東京高検の江幡検事と証拠開示折衝

 

国連・自由権規約委員会による証拠開示の勧告

国際人権〈自由権〉規約委員会(一九九八年十月二十八、二十九日 ジュネーブ)における日本政府報告書の審査での証拠開示にかかわる委員の発言および日本政府代表の回答要旨

クレツマー委員(イスラエル)
 前回の規約人権委員会でもとりあげられたが、弁護士がすべての証拠にアクセスする(閲覧・利用、入手する)権利が与えられていない。検察官が公判に提出しようとする情報しかアクセスが認められていない。検察官が法廷に提出したい情報というのは自分に有利な情報である。捜査の段階で収集された情報で、弁護側に有利なものについては、弁護側はどのようにしてアクセスすることができるのか。可能性としては、裁判所が個々に検察に対して開示命令を出すことができるとされているが、弁護士が、この情報が存在するという知識があってはじめて、命令を裁判所からとりつけることが可能になる。しかし、ほとんどの場合は弁護人はその情報の存在さえ知らない。14条3項(b)を守り、十分に被告、弁護側に防御の時間・手段を与えるとするならば、すべての証拠に対してアクセスが認められなければならない。

エヴァット委員(オーストラリア)
 他の委員が指摘したように、14条に関連して、警察記録へのアクセスが認められていないという懸念を私ももっている。

日本政府代表・酒井邦彦(法務省・法務大臣官房参事官)の回答
 検察官は、すべての手持ち証拠の開示をしないのかという質問ですが、捜査の記録にはさまざまなものがふくまれており、そのなかには、事件の争点と関連しないものもあり、公判不提出記録の開示によって、個人のプライバシー等の保護や将来における捜査に対する協力の確保が害される場合があり、検察官において、個々の事案ごとに、事件の争点との関連性やそうした弊害の有無の点をふまえて、記録の開示を個別に判断することとしている。
 裁判所は、証拠の開示命令を発することができるとされており、このような開示命令が発せられた場合には、検察官は裁判所の開示命令に従って開示している。

ヤルデン委員(カナダ)
 えん罪で殺人罪に問われたとしている「石川(狭山)事件」では、弁護団はすべての必要な情報または証拠にアクセスできていないと言っている。クレツマー委員の質問にも出ていたが、私も証拠開示について問題点が残っていると思う。とくに「石川事件」に関してである。

日本政府代表・酒井邦彦(大臣官房参事官)の回答
 委員のおっしゃった「石川事件」は日本では一般に狭山事件として知られている。わが国の刑事確定記録法においては、再審請求者に対して、検察官が公判に提出した証拠を含む訴訟記録の閲覧を認めているが、公判に提出されていない証拠については閲覧の対象としていない。公判不提出記録には、さまざまな捜査活動の結果収集された多様な資料が含まれており、証拠開示によって関係者のプライバシーなどが害されるとともに将来の捜査に対する協力が得られなくなる恐れがあることから、検察官において、再審請求をおこなう上での必要性に留意しつつ、個々の事案ごとに、当該証拠の再審請求事件との関連性をふまえて対処している。狭山事件の再審請求審における捜査記録の開示についても、このような観点をふまえて、検察官において適切に対処しており、現に一九八一年から一九九五年までの9回にわたる弁護人からの証拠開示請求に対し、合計28点の検察官手持ち証拠を開示し、現在も検察官と弁護人との間において、証拠開示についての話し合いがおこなわれている。
 
規約委員会の最終見解(抜粋)(1998年11月5日採択)
 委員会は、刑事法において、検察官には、その捜査の過程において収集した証拠のうち、公判に提出する予定がないものについてはこれを開示する義務がないこと、および弁護側には手続のいかなる段階においてもそのような証拠資料の開示を求める一般的な権利は認められていないことに懸念を有する。委員会は、規約14条3項の保障に従い、締約国が、その法律と実務において弁護側が関連するあらゆる証拠資料にアクセスすることができるようにして、防御権が阻害されないよう確保することを勧告する。

(日弁連国際人権問題委員会訳)