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 最高裁による狭山事件の特別抗告棄却決定に断固抗議する!

 最高裁判所第1小法廷は、3月16日付で狭山事件の第2次再審請求における特別抗告申立を棄却する決定をおこなった。
 3月24日に、弁護団は、最高裁に2通の筆跡・筆記能力に関する新証拠と補充書を提出する旨を伝え、調査官との面会も約束していた。また、その翌日の3月25日には、「狭山事件の再審を求める市民の会」が、庭山英雄弁護士、ルポライターの鎌田慧さんらを中心に、全国で集められた事実調べを求める40万人分の署名を提出することを最高裁に伝えていたのである。こうした弁護団との約束や国民の声をふみにじる、抜き打ち的な棄却決定であり、わたしたちは満腔の怒りをもって抗議する。
 
 この間、鎌田慧さんの著書『狭山事件 石川一雄、41年目の真実』が多くの人に読まれ、テレビ番組「ザ・スクープスペシャル」でも特集されるなど、マスコミで、えん罪・狭山事件がとりあげられていた。狭山事件の公正な裁判、事実調べー再審開始を求める世論は広がり、学者・文化人らが呼びかけた新100万人署名も急速に集まり、昨年10月29日に43万人分が最高裁に出され、さらに間もなく100万人になろうとしていた。今回の棄却決定は、こうした世論の高まりを恐れ、さらに大きくなる前に、棄却決定を強行した司法権力の暴挙といわざるをえない。
 
 第2次再審請求では、元警察鑑識課員の齋藤保・指紋鑑定士による5通におよぶ鑑定書が出され、犯人の残した封筒の「少時」記載部分が万年筆で書かれていることや「抹消文字・2条線痕」があることなどを指摘し、犯人が犯行前から万年筆を使用していることが明らかになっていた。しかし、最高裁は、鑑定人尋問などの事実調べをおこなうことなく特別抗告を棄却した。「少時」が万年筆で書かれていることや抹消文字の存在、ボールペンと万年筆の2種類の筆記用具が使われていることを指摘していた元警察鑑識課員の齋藤正勝鑑定書、奥田豊鑑定書には棄却決定はまったく触れず、「肉眼で観察したところ『少時』と『様』が別の筆記用具で書かれたと認められない」と勝手に決めつけている。少なくとも、犯罪捜査に長年たずさわってきた3人の元警察鑑識課員が鑑定しているのであるから、「肉眼で観察」などと言う前に、鑑定人尋問をおこなって判断すべきである。
 さらに、今回の棄却決定は、万年筆が使われた痕跡については完全には否定しきれず、「実物を観察しても(そのような痕跡があるかどうか)判然としない」とごまかし、さらに石川さんが当時万年筆を所持していた公算が高いという趣旨の驚くべき恣意的判断をしている。しかし、その根拠としている供述調書は、何ら証拠調べもせず、最高裁が一方的に持ち出してきたものである。事実調べもやらずに、石川さんが万年筆を持っていた可能性もあるなどというあらたな認定を持ち出して有罪を維持することじたいが、再審の理念、趣旨に反している。
 
 部落差別によって教育を奪われた非識字者の実態を十分理解し、石川さんと脅迫状の国語能力の違いを調べるべきだという主張にたいしても、棄却決定は識字の視点から出された意見書を無視して、「当時の石川さんには脅迫状は書けた」と一方的に決めつけている。
 
 19年近くにおよんだ第2次再審請求で、弁護団は19通の筆跡鑑定書、齋藤鑑定人による5通の鑑定書、3次元スキャナによる足跡鑑定書など数多くの専門家による鑑定書を提出していたにもかかわらず、一度の事実調べもおこなわれなかったのである。あまりに不公平・不公正ではないか。狭山事件の裁判では確定判決以来30年以上もまったく事実調べがおこなわれていないことの不公平さをあらためて強く強く訴えたい。
 このように、今回の最高裁の棄却決定は、異議審における新証拠を「不適法な証拠」というなど、同じ最高裁第1小法廷が出した「白鳥・財田川決定」で示された「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則を再審請求にも適用すべきとした判例にも反し、昨今の袴田事件、大崎事件の棄却決定とも共通する再審の理念をふみにじる不当な決定である。
 一昨年暮に、特別抗告審闘争半ばに亡くなられた山上益朗・前主任弁護人は、くりかえし、最高裁に「新証拠をこれまでの証拠と総合的に評価せよ」「自白を再検討せよ」と申し入れたが、最高裁はまったく答えなかった。
 弁護団は、最高裁にたいして証拠開示命令・勧告の申立をおこなっていたが、これにもまったく答えていない。検察官は、開示請求された証拠について存在しないとして応じておらず、最高裁は証拠リストを弁護側に提示し、証拠開示請求に積極的に応じるよう勧告ないし命令すべきはずであったが、それもしなかった。
 日本の最高裁はいつから「検察官」になったのか。「裁判員制度」が導入され、市民が司法に参加する時代を迎え、いまもっとも市民の常識的な判断に耳を傾けなければならないこの時期に、最高裁は、市民常識と国民世論からまったくかけ離れた存在になっていること、日本の司法が人権をふみにじる姿を国内外にさらけだしたのである。
 わたしたちは、くやしさを乗り越えて、「えん罪を晴らすまで闘う」という石川一雄さんの決意、「見えない手錠をはずしたい」と訴えた早智子さんの思いにこたえるとともに、第3次再審請求をただちに準備するという狭山弁護団の取り組みを全面的に支持・応援し、心ある学者、文化人、共闘の仲間や全国125の「狭山事件を考える住民の会」と連携しながら、断固として、狭山差別裁判糾弾闘争勝利まで闘う。
 狭山事件は部落差別が生んだえん罪である。われわれは、今回の最高裁による特別抗告棄却決定に断固抗議し、狭山事件の再審・石川さんの無罪をかちとるとともに、反動化と国権主義をはねかえし、あらゆる差別撤廃と司法における人権確立をめざして、闘いをさらに強めることをここに表明する。

2005年3月17日
部落解放同盟中央本部
委 員 長  組坂繁之

 

3月17日の記者会見における石川さん、弁護団の発言要旨

3月17日(木)午後5時~  東京・アルカディア市ヶ谷
記者会見出席者 庭山英雄(弁護士、狭山事件の再審を求める市民の会代表)
鎌田慧(ルポライター、狭山事件の再審を求める市民の会事務局長)
石川一雄さん、石川早智子さん
中山武敏(狭山再審弁護団主任弁護人)
組坂繁之(部落解放同盟中央本部委員長)
増田れい子(ジャーナリスト)
前田憲二(記録映画監督)
福島瑞穂(狭山再審弁護団、参議院議員)

石川一雄さん
 きょうはみなさんお忙しいなかを来ていただきありがとうございます。
私も、今回だけは、こんなかたちで、みなさんの前に、ご報告するとは考えてもいませんでした。若干不安はありましたけども、世論の風が吹いているし、しかも、多くの新証拠が発見されているということから、今度こそ、最高裁は誠実に私たちの訴えを聞き、差し戻しをしてくれるんじゃないかとつれあいとも話しておりました。
ところが、今日午後1時ころ、証拠調べをする前に最高裁から封筒がきたので、「棄却だ」と直感しました。中を開いて、それこそ一気に読みました。ひじょうに怒りをもって読みました。これほど怒りをもったことはありません。
弁護団が出した新証拠を裁判所がきちっと見ていない。まさに一方的です。恐ろしいことだと思いました。これだけの証拠がありながら事実調べをやっていないということは、正義は司法に勝てないのか。正義は力に負けてしまうのかと。
中山先生が「石川さんが勝利するまで闘う」と言ってくださいました。もちろん私たちも、弁護士の先生方にお願いして、えん罪が晴れるまでは、とことん闘います。
私たちの支援をしていただきたく、きょうも訴えさせてもらいに来ました。
ぜひとも、みなさんにも、公平、かつ公正に、市民のみなさんに狭山事件のことを今までとおり伝えていただければ、これからも広がっていくと思います。
よろしくお願いいたします。本当にきょうはありがとうございました。

石川早智子さん
今回は期待していました。本当に期待していました。重要な鑑定もたくさんの補充書も出されていました。だから今回こそと思っていました。裁判官は法律の専門家ではあっても、鑑定の専門家ではないはずです。鑑定の専門家が、科学を駆使して出した鑑定を、専門化ではない裁判官は、「肉眼で観察したところ認めがたい」という判断を出しています。こういう暗黒裁判が通るということは、私は信じられません。
昨年から今年にかけて、私たちが各地に行ったときにも、狭山の大きな追い風が吹いていると感じていました。テレビ、新聞、雑誌でも、これまでになく狭山がとりあげられました。こういうときに棄却されたことが無念で無念でなりません。
石川一雄は、いま自由なように見えるかもしれませんが、「見えない手錠」がかかっています。いまでも「殺人犯」のままにされています。このままでは、石川一雄を、「見えない手錠」がかかったままで送るわけにはいきません。
多くの人が努力してくださっています。でもなかか司法は動きません。ぜひ、みなさんが真実をたくさん書いてほしい。狭山の真実をいっぱい書いてほしい。いっぱいとりあげてほしい。わたしたちも、精一杯闘います。本当に闘いつづけます。死んではダメです。生きて彼のえん罪を晴らします。そういう決意にいま燃えています。
いろいろショックはありますけど、ショックを受けただけではいられません。石川一雄ももう66歳です。ぜひ、狭山の真実をみなさんの力で報道してほしい。よろしくお願いいたします。

中山武敏弁護士(狭山事件再審弁護団主任弁護人)
 わたしが棄却決定が出たことを知ったのは石川さんからの連絡です。午後1時ぐらいで、すぐに最高裁に電話したら、石川さんと同時に送っているということでしたが、事務局に問い合わせても、受け取っていないということでした。待っていましたが、届かないので急きょ、最高裁に取りに行って、受け取ったのが午後3時半ぐらいなんです。率直な感想として、まさか最高裁がこのような抜き打ちの決定、それも弁護人との面会の約束を破って、決定を出されるということは本当に信じられない。
 昨年の10月29日に、弁護団は新証拠と補充書を提出して、主任調査官と会って、そのときに、3月末までに補充書と証拠を出すことを伝えていました。
 第2次再審棄却決定や異議申立棄却決定は、新しい論点を言ってきています。
 それまでは、脅迫状と石川さんの上申書などの筆跡が一致したということを前提としていた。弁護団は、筆跡の形態が違うという観点と、能力論の観点から、19通の専門家の鑑定書、意見書、2通の弁護団報告書を出していました。
 それにたいして、棄却決定は、筆跡の違いを認めたうえで、「書くときの状況、心理の違い」であると言ってきました。もうひとつ、事件の年の9月6日に、石川さんにお金を差し入れたりしていた警察官に出した手紙が、上申書と比べて筆記能力が高いから、事件当時から石川さんは脅迫状を書けたかもしれないと言い出した。
 その点について、弁護団は、教育学者などの鑑定書と補充書を出すので、3月24日に主任調査官と会いたいという申し入れをしたわけです。最高裁は、検討のうえで、3月24日に主任調査官がお会いしますと、明確に答えていたんです。ですから、当然、それらを見たうえで判断されると思っていたわけです。
そうしたら、こういう抜き打ち的な、約束を完全に破ったうえでの決定が出された。最高裁がなぜこういうことをされるのか、本当に理解に苦しみます。まさかこういうかたちで出るとはわたしは思っていませんでした。
みなさんに最高裁から配られている決定要旨も一方的な内容です。
棄却決定は、石川さんが脅迫状を書いたといいますが、弁護団は19通もの専門家の鑑定書を出しているんです。それを裁判所が、事実調べをまったくしないで、筆跡が一致したとか、当時の石川さんには書けたとかいうということは、常識的に通用するのかと本当に問いたい。
第2次再審では、封筒の宛名の「少時」と書かれている部分を、栃木県警で29年間も鑑識にたずさわっていた齋藤保さんが、自白のようにボールペンではなく万年筆で書かれているという新証拠を出されていた。「少時」の背景に、インク消しで消された痕跡がある、万年筆で書かれた文字の痕跡であるという新証拠も出されていた。東京高裁は、これを「独断」とか「憶測」としてしりぞけましたので、福島県警鑑識課にいらした齋藤正勝・指紋鑑定士、大阪府警の科学捜査研究所で文書鑑定をされていた奥田豊鑑定人の2通の鑑定書を昨年10月29日に出しました。2人の元鑑識課員も、齋藤鑑定人の結論と一致して、万年筆で書かれていると鑑定した。万年筆でなくボールペンというのであれば、すくなくとも、鑑定人の意見を聞くべきです。棄却決定は、齋藤正勝鑑定書にも奥田豊鑑定書にはまったく触れていません。
石川さんの自白通りであれば脅迫状・封筒から指紋が出るはずだが、石川さんの指紋がないという鑑定書も出していました。石川さんの自白は手袋とかはめていないとはっきりしている。ところが、棄却決定は、石川さんの自白に出ていないからといってどうかわからない、指紋がつかないようなことをしたかもしれないとまで言ってきている。
一方で、弁護団は脅迫状・封筒には手袋の痕跡があるという鑑定も出していて、これは鮮明な写真で私たちが見てもはっきりわかる。これを再審棄却決定は、「判然としない」とごまかしていました。今度も、判然とはしないとしたうえで、「かりに布目痕が存在するとしても、その成因は様々な可能性が考えられる」と言っています。
「少時」の周辺に「2条線痕」があることは歴然としていて、写真もわれわれは出しているのに、「そのような痕跡と認められるものか必ずしも判然としない」と、これも事実を事実として見ようとしていません。
そして、「筆圧痕らしきものが存在するとしても、それが文字として書かれたものか、かき消し線の組み合わせからたまたま文字を形成するように見えるのか必ずしも明らかではない」「文字が隠れていたとしても、申立人がどこかの時点で書き得なかったとはいえないから自白全体の信用性を左右するものではない」とまで言っています。
ですから、弁護団は、絶対この決定は承服できないし、真実が明らかになるまで再審を申し立てていくという決意をかためています。絶対にこういう不当な決定は認めませんし、一般市民がこれを読めば、いかに裁判所の判断が市民的な判断とギャップがあるか、わかっていただけると思います。この裁判に対する批判は、もっともっと国民運動として高まっていくし、かならず最後は真実が明らかになると確信しています。

庭山英雄(狭山事件の再審を求める市民の会代表・弁護士・元専修大学教授)
本日午後、弁護団から、まったく突然に連絡がありまして、たいへん驚きました。私どもは、いろいろな運動や弁護団の説得等で、十分に最高裁を説得できると考えておりました。したがって、青天の霹靂(へきれき)そのものでありました。
みなさんご存知の横浜事件は、60年前の事件で、3回目の再審請求で、とうとう再審開始が確定し成功いたしました。私どもの狭山事件は42年前の事件ですが、ただちに第3回目の再審請求の準備を弁護団にお願いし、私どもも運動を継続するつもりです。2度の負け戦ですが、後へさがるつもりは、まったくありません。これからも闘いつづけます。
30分ほど前に決定文を見たところですので、全容を正確に説明することはできませんが、石川さんを犯人としたこれまでの判断は間違っていないという裏付けとして、第1に、脅迫状が現前としてあり、石川さんが書いたものに間違いないとしています。私どもは、根本的に、だいたい石川さんには当時、脅迫状を書く能力はないということを指摘してまいりましたが、最高裁は「書く能力がある」という判断であります。この点については、もっとも納得がいかないのは鎌田さんだと思います。
そのほか、裏付けとして、石川さんの家の鴨居から出てきた万年筆があるといいます。万年筆については、私どもは、もっともはげしく「おかしい」と追及してまいりました。普通の背の人ならすぐにわかるようなところに万年筆が置いてあって、2回にわたる十数人による、それぞれ2時間余の捜索をやって見つからなかったのに、3回目に突然見つかる。こんなおかしな話がありますか。
元警察官も、ちゃんと調べたが、そのときはなかったと証言している。これにたいしては、裁判所は28年余も前の体験であるから記憶に間違いが生じることもあるというだけです。私ども刑事法研究者ならびに弁護士として、物証の発見のおかしさや石川さんの自白を誘導していることを立証してきましたが、それらすべてについて、事実調べもやらずに、認められなかったことに、激しい憤りをおぼえます。裁判所というのは一体、真実と正義を守るところなのか、そうではないのか、そのことが今回の決定で問われていると思います。

鎌田慧(狭山事件の再審を求める市民の会事務局長・ルポライター)
きょう、まったく突然の棄却決定ということで、ひじょうに驚いています。
ひとつは、3月24日に、弁護団が調査官に会って、新証拠を提出するというスケジュールが決まっていました。そのつぎの日、私たち市民の会で、昨年10月に、43万筆の事実調べー再審開始を求める署名簿を最高裁に提出したんですけど、その続きの約40万筆の署名を3月25日には提出し、要請することが決まっていて、それは最高裁でも了承していた。24日、25日という2つの行動の前に、いきなり決定を出すという、本当に、人の道にもとるような決定だと思います。本当に憤りを禁じえない。全然、事実調べもしていない。いま、署名運動はものすごく好調で、これまでのトータルでもう85万人以上集まっている。全国に運動が広がっている。それを中断するかたちで決定を出したという意味で、政治的なねらいがあったとしか考えられない。正義がどこにあるのか、本当に怒っています。

組坂繁之(部落解放同盟中央本部委員長)
今回の決定は、まさに不意打ちであり、だまし討ちであるといっても言い過ぎではありません。私どもは、今回こそは、最高裁が真剣に、新しい証拠、鑑定書等を受け止めていただいて、東京高裁に差し戻すと、大いに期待していました。誠に残念ですし、憤懣やるかたない。これが裁判という名に値するのかという思いで一杯です。狭山事件は、部落差別にもとづくえん罪事件です。私どもは、みずからの問題として、石川一雄さんの無実を晴らそうと本当に心血を注いで闘ってまいりました。私もつねに、「狭山の勝利なくして部落完全解放の大道は切り開けない」と言いつづけてきました。弁護団の先生方、いまは亡き山上先生をはじめたくさんの方々の努力をいただきました。
私たちは、今後も、部落問題についても、ご理解をいただきながら、弁護団の先生方、市民の会の方々と一緒になって、石川さんにかけられた「見えない手錠」をはずし、石川さんの無実をかちとるまで闘い抜いてまいりたいと考えています。みなさんの温かいご支援、ご協力を心からお願いします。

 


弁護団声明

2005年3月18日
狭山事件再審弁護団

(1)3月16日付で、最高裁第1小法廷(島田仁郎裁判長)は、狭山事件の第2次再審請求で特別抗告申立を棄却する決定をおこなった。今回の棄却決定は、弁護団との面会の約束を破っての抜き打ち的な決定であり、狭山事件再審弁護団は、満身の怒りをもって抗議の声明を明らかにする。
弁護団は、再審請求棄却決定とそれに対する異議申立を棄却した決定が、確定判決において、証拠の主軸とされた脅迫状の筆跡について、これまでの認定を変え、申立人が、事件当時もある程度書けたとするあらたな認定を事実調べもなく持ち出したため、それに対する反論として、教育学者らの協力を得て、あらたな筆記能力に関する意見書を提出する旨、最高裁に伝えていた。そして、3月24日に、新証拠、補充書を提出し、主任調査官に面会することを申し入れたところ、最高裁は面会するとの返答をしていたのである。
ところが、この約束を破って、最高裁は3月16日付で抜き打ち的に棄却決定を出し、驚くべきことに普通郵便で主任弁護人あてに決定文を送付しているのである。弁護団に棄却決定が届いたのは18日であった。あまりに不当な、弁護側の主張を聞こうともしない一方的なやりかたに慄然とするばかりである。最高裁は真実を恐れ、真実から逃げているだけであるといわざるをえない。

(2)棄却決定は、石川さんが脅迫状を書いたというが、弁護団は19通もの専門家の鑑定書と2通の弁護団報告書を提出している。それを裁判所が、まったく事実調べをしないで、筆跡が一致したとか、当時の石川さんに脅迫状程度の字・文章は書けたなどと、一方的に判断することは許されない。識字学級生の書き取り実験にもとづいて、石川さんが非識字者であり、脅迫状作成者と用字・用語、表記における明らかな相異があることを指摘した意見書について棄却決定はまったく触れていない。

(3)第2次再審では、栃木県警本部鑑識課員として29年間、犯罪鑑識にたずさわっていた齋藤保・指紋鑑定士が、専門知識と経験にもとづく分析によって、本件封筒の「少時」記載部分は自白のようにボールペンではなく万年筆で書かれているという鑑定結果を出されていた。また、「少時」の背景に、インク消しで消された痕跡があり、万年筆で書かれた痕跡であるという鑑定書も出されていた。東京高裁は、これを「独断」「憶測」としてしりぞけたので、弁護団はあらたに元福島県警鑑識課員である齋藤正勝・指紋鑑定士、大阪府警の科学捜査研究所で文書鑑定をされていた奥田豊鑑定人による2通の鑑定書を昨年10月29日に提出した。2人の元鑑識課員も、齋藤鑑定人の結論と一致して、「少時」が万年筆で書かれていると鑑定されたからである。ところが、棄却決定は、「肉眼で観察しても『少時』と『様』が別異の筆記用具で書かれているとは認め難い」としてしりぞけ、齋藤正勝鑑定書にも奥田豊鑑定書にはまったく触れていない。万年筆でなくボールペンというのであれば、少なくとも鑑定人の意見を聞くべきである。

(4)「少時」の周辺に万年筆使用の痕跡である「2条線痕」があることは歴然としていて、弁護団は写真も出している。にもかかわらず、棄却決定は「封筒の現物を観察しても、そのような痕跡と認められるものであるか、必ずしも判然としない」というだけである。最高裁は事実を事実として見ることさえできなくなっているのだ。
はたして5人の最高裁判事は東京高裁に保管されている証拠封筒を本当に「肉眼で観察」したのであろうか。「判然としない」のであれば、なぜ、専門家である元鑑識課員3名の鑑定人の意見を聞こうとしないのか。
さらに、棄却決定は、「2条線痕を含む筆圧痕が存在するとしても、(石川さんが)本件前の近接した時期に自分自身の万年筆及びインク瓶を所持していた公算はかなり高い」などと言い出している。しかし、弁護側の反論の機会も証拠調べもまったくないままに、供述調書だけを根拠に、このような一方的な決めつけによって、あらたな有罪の事実認定をすることなど再審の理念からも絶対に許されない。捜索差押調書などの記録上も、石川さんの家に万年筆がなかったことは明らかである。

(5)石川さんの自白通りであれば脅迫状・封筒から指紋が出るはずだが、石川さんの指紋がないという弁護側鑑定の指摘に対しては、自白では手袋とかはしていないことがはっきりしているにもかかわらず、棄却決定は、「自白に出ていないからといって、指紋付着を防ぐ処置を講じていなかったとも決めつけるわけにはいかない」とまで言うのである。石川さんを犯人と決めつけたうえでの、推測と独断による認定いがいの何者でもない。
また、脅迫状・封筒には手袋の痕跡があるという齋藤鑑定人による指摘に対しても、棄却決定は「写真を見ても判然としない」としたうえで、「かりに布目痕が存在するとしても、その成因は様々な可能性が考えられる」などと言い出している。弁護団の主張を完全に否定できないために、「2重否定」や「不可知論」で逃げるだけである。このように言い出せば、すべての新証拠は可能性によって切り捨てられることになる。

(6)万年筆についても、徹底した警察による2度の家宅捜索の後に発見された経過の疑問に対して、「鴨居奥は、さっと見ただけでは万年筆の存在が分かるような場所とは言えず、見落とすこともあり得る」として疑問をしりぞけているが、とうてい納得できない。十数人のベテラン刑事たちは、2時間以上かけた捜索で「さっと見ただけ」だとどうして言えるのか。捜査官らの証人尋問も現場検証もせずに、「さっと見ただけでは分からない場所」「見落とすこともありうる」などと決めつけることは許されない。
このような判断を、「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則を適用したと最高裁はいうのであろうか。すべて、有罪維持の前提のうえに、裁判官が勝手な、市民常識からかけ離れた推測、決めつけを重ねているだけである。

(7)弁護団は、一昨年亡くなられた山上益朗弁護士を先頭に、19通の筆跡鑑定、齋藤一連鑑定等の弁護側が提出した数々の新証拠と旧証拠を総合評価し、自白の信用性についての全面的な再検討、再評価をするべきであることを、くりかえし最高裁に訴えてきた。しかし、棄却決定は、新旧証拠の総合評価ではなく、まったくの孤立評価によって新証拠を個別に排斥し、自白の一部をつまみ食い的に利用している。しかも、第1次再審における新証拠も、異議審、特別抗告審における新証拠もすべて「不適法」として、都合の悪い新証拠はまったく触れてさえいない。一方で、今回の棄却決定は、有罪を維持するために、確定判決の認定も関係なく、みずから検察官になったごとくに、あらたな有罪の認定を、一度の事実調べすらやることなく、一方的に持ち出し、臆面も無く認定変更をおこなっている。このような不意打ち的な認定は断じて許されない。
棄却決定が、「新旧証拠を総合的に評価して確定判決に合理的疑いが生じれば再審を開始する」とした最高裁の白鳥決定、財田川決定という判例に反し、「無辜の救済」という再審の理念をふみにじったものであることは明らかである。
このような最高裁による暴挙を弁護団は、断じて認めることはできない。裁判所の判断がいかに市民的な判断とギャップがあるかがますます明らかになっただけである。狭山事件の裁判に対する批判は、さらに幅広い市民的運動として高まっていくし、かならず最後には真実が明らかになると確信する。弁護団は、不当極まる特別抗告棄却決定を徹底的に批判し、石川一雄さんとともに、真実を明らかにするために、必ず再審開始をかちとり、雪冤をはたすべく、第3次再審請求を申し立てる決意を固めていることを表明する。

 

石川さんから棄却抗議と第3次再審にむけた決意のメッセージ

この度の最高裁判所による棄却決定に対し、満腔の怒りを持って糾弾し、同時に第三次再審請求審で再度不屈に闘いぬくことを決意しておりますが、正直言って今度こそ諸鑑定、新証拠等から「事実調べ」を行うべく、東京高裁に差し戻されるであろうことを多いに期待し、信じていただけに、まさかの棄却に愕然とし、先が真っ暗になったのも事実です。多分裁判官たちは「棄却ありき」で、どのようにしたら権威を維持できるかに心血を注いでいたに違いなく、彼のような暴挙的な結論に至ったものと思われますが、私の無実、えん罪を百も承知しつつ、私の人間としての尊厳を踏みにじった第一小法廷を担当した島田仁朗裁判長をはじめ、各裁判官は断じて許せません。今までの裁判官たちは、全て等しく自分の意思で権力犯罪に手を染めてきた共犯者であることを全支援者に声を大に知っておいてもらいたいと思います。
ご承知のようにこの42年間に弁護団は元より狭山事件そのものに関わった元捜査官、法律家、学者などによって多くの証拠が提出され私の無実は完全に証明されていたにもかかわらずこれらはすべて検証もなく却下された。
また検察庁が隠し持っている証拠の全てが明らかになってはまさに狭山事件が「権力犯罪」として問われ、司法の危機に陥ってしまうことから弁護団の再三の開示勧告要請にも応じず、騙まし討ち的な棄却決定に断固抗議する。
私自身はどんな仕打ちをされようとも立ち上がって闘いぬくのが私の真骨頂であることを皆さんに知ってもらいたいと思う次第であります。
当然の事ながら第三次に於いては無辜の救済、事実調べ、全証拠開示要求を強く求めて参る訳でありますが、最高裁は裁判所の中の最後の砦であり、その「使命」は他の裁判所の比でなく、絶対的な権威のあるところとだれもが認めており、それだけに諸証拠の検証なくして棄却したことに何を持って糾弾すべきが怒りがおさまりません。
しかし、私は前述のように打たれ強いので絶対に後に退くことなく今後も果敢に闘って参る決意でおりますので、支援者の皆さんも第三次再審裁判闘争に一層のご支援下さいますよう心からお願い申し上げます。私自身不撓不屈の精神で闘うことをお伝えして失礼致します。

石川一雄
2005年3月23日
狭山再審闘争支援者各位様


月刊狭山差別裁判題字

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狭山中央闘争本部 東京都中央区入船1−7−1 TEL 03-6280-3360/FAX 03-3551-6500
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